


















[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(メンズ)・香水・フレグランス(その他)]
税込価格:-発売日:-
2021/10/9 11:55:41
ナンバー・トゥエルヴ。ピュアディスタンス12番目の使徒。この香水をつけると、体温でなめらかに溶け出し、ソフトでリッチな香りが肌とひとつになり、甘美なオーガズムをもたらす。この香水には、たとえ拒もうとしてもどこかあらがえない不思議な力がある。No.12。これはあなたの肌とSEXする香水だ。
No.12を肌にのせる。その瞬間広がるのは、シアーでスパイシーな風。カルダモンの透明な清涼感、コリアンダーの温かみある香り。それらが荒波のようにはじける。紺碧の海からスパイスミックスの波しぶきが押し寄せる。冷たく温かい背反したスプラッシュ。彼方には斜陽の黄色い光がぼうっとかすんでいる。それはベルガモットの酸味。ヘスペリディックの風が波をうねらせ、押し上げているトップ。
やがて香りの気配が真夜中の庭園のように思えてくる。深く青い闇が、秘密のささやきに満ちた森を黒く染めている。まばゆい月の光が、木々の葉や庭園の花々をぼうっと青く浮かび上がらせている。
青白い薔薇がかすかに揺れている。エレガントでクールな、孤高の薔薇の香りがしている。あたりにはセンシュアルなジャスミン、フルーティーなイランイラン、クールなゼラニウムの香りも漂っている。その月明かりの庭園を歩く。スパイスの風を胸に、青いフローラルミックスの花園の香りに心を酔わせながら。
時間がたつにつれ、森の気配が強くなる。黒い森の上方に、金色にライトアップされた聖堂のファサードが浮かび上がる。その金の威容と、暗闇の庭園に咲き乱れる花々の青が、美しいコントラストを醸し出す。歩を進めるたびに、あたりにはパチュリの湿った土のスパイシーと、モスのビターインクの香りが濃くなってゆく。次第にメランコリックな気配が強くなる。
自分の肌からスパイスとモッシーとホワイトフローラルと薔薇の香りがしている。そのミドルに酔いしれる。そしてそこには、秘めやかな快楽に堕ちてしまう懺悔のブルーの色が添えられている。
時計台が真夜中の12時を静かに告げる。12番目の使徒は白い香りに包まれる。自身の快楽への堕落も、心からの懺悔も包み込むように、ほんのり甘くふんわりとしたアイリスのパウダリーな香りに抱かれていることを知る。見上げると月が主のように自分を照らし出している。甘いヴァニラの光を投げかけ、いよいよ白くなって青い闇夜の中に浮かんでいる。時は止まり、スパイシーフローラルの残香が、白い月のパウダリーと青いムスクの空に静かに流れ、夜はふけてゆく。
つけてから8時間。夢のように香りはたゆたい、サファイヤブルーの背景に彩られた風景を次々に見せてくれる。きっとNo.12は最高の寝香水になるだろう。この香りはスパイシー&フローラルを基調としながら、ラストは白くパウダリーに終息してゆく。リッチではあるが派手でなく、センシュアルであるが扇情的ではない。肌にのせるたびに、毎回違った快楽がおとずれ、どの香料も突出せず、見事シームレスに溶け合っている。
シアーで、アンニュイで、ほんの少しセンチメンタルで。クールでフェミニンで、エレガントでシャープ。クラシカルなのにモダン、タイムレスかつシック。そして何よりビューティフル。そんな12の形容がふさわしい、とてもとらえどころの難しい香水。
ただ 美しいブルーだ。
オランダ初の香水ブランド、ピュアディスタンス。このたび、正式にピュアディスタンスジャパンが正規代理店として認証を受け、商品はe-storeの注文を受けて日本から発送される流れとなり、よりホスピタリティがグレードアップした。日本ではまだ実店舗に商品を置いているところはないが、ぜひ実現して、誰もが気軽にこの作品群を試せる時代になってほしいと心から思う。
なぜなら一度でもサンプルセットでも購入してみれば、理由はすぐ分かるはず。その対応の迅速さ、パッケージングや封入物の豪華さと丁寧さ、そして何よりフォス社長のセルフポートレートのドヤ顔(←それは毎回苦笑)。彼らは家族単位ほどの気心の知れたメンバーで、じっくり時間とお金をかけて本当にすばらしい香水を作り、世界中の一人一人のお客様に対して心を込めて商品を届けている。はっきり言って、そのへんの香水屋さんで買うときの何倍も大切に接客をしてもらってる感がある。そこだけはぜひ言っておきたい。
だから「すばらしいな」と心から思う。
この作品でこれまでのシリーズは一応の完結を見た。といった所だろうか。ただ12番目の使徒の役目は「裏切り者」ではない。それは、新たな伝説へ進むためのメッセージを託した「場面転換役」だと自分は思う。
No.12。Beauty in Blue。汝のなすべきことをなせ。この青き美しさに、御身を重ねたまへ。
2021/10/16 11:46:00
外は一面の曇り空。何となく重たい気分だったところに、パルファン・クリスチャン・ディオールの専属調香師フランソワ・ドゥマシーの引退ニュースが飛び込んできた。一瞬、目の前が白くなった。(←曇天だしね)
フランソワ・ドゥマシー。シャネルの香水を大きく格上げした名調香師、ジャック・ポルジュの右腕として30年近く彼をサポートし続けた男。そして2006年にディオール初の専属調香師となって一躍脚光を浴び、ディオールのフレグランス部門を一気に高みに押し上げた世界最高の調香師。
その彼が現役を退くという。思わず目の前が暗くなった。(←目をつぶったらしい)
彼の功績はあまりに大きくて枚挙にいとまがない。それでも何か一つ挙げるとしたら、シャネルの高級香水ライン、レ・ゼクスクルジフに対抗して、ラ・コレクシオン・プリヴェという高級ライン香水を出したことだ。これが一番記憶に残っている。
ムッシュ・ディオールの過去と栄光を表現した香水、それがラ・コレクシオン・プリヴェだった。花の香り、ウードの香り、シトラスの香り、パウダリーな香り、一気に12本が並んだ。2014年表参道のディオールブティックの開店もあって、これまで香水を手に取ることが少なかった方も、次々に香りを試しては楽しげに感想を語り合う姿が日本で見られるようになった。その1本にミリー・ラ・フォレがあった。
ミリー・ラ・フォレ。正直、当時は一番印象に残らない香りだった。それ以外の作品がとてもキャラ立ちしていたせいもある。ミリー・ラ・フォレの香りはそのとき以来、自分の中で忘れ去られていた。
ところが
フランソワ・ドゥマシー引退。このニュースを聞いたとき、一番最初に思ったのは「あ。ミリー・ラ・フォレ、どんな香りだっけ?」ということだった。
ミリー・ラ・フォレは、華やかなファッションショーを終えたムッシュ・ディオールが、いっときの安らぎを求めて訪れていたパリ校外の村の名前だ。彼は別荘で自然と共に過ごし、親しい友人たちと語り合うことを心から大事にしていたという。彼にとってミリー・ラ・フォレは、幼小時に過ごしたグランヴィルと共に大切な心のオアシスだったようだ。
だから
リタイア宣言したドゥマシーが、当時どんな心境でミリー・ラ・フォレを作ったのか、とても気になった。
久々にボトルを出した。淡いピンクグレーのジュースカラー、マグネットキャップを外してスプレーする。
すぐにわかるのは香りの淡さ。とても透明な香り立ち。最初はベースのサンダルウッドがかすかに広がって、次にシトラスのふんわりした優しい香りがする。次第にオレンジフラワーの柔らかい香りも鼻をかすめる。トップからさまざまな香料が、とてもうっすらと香ってくる。
3分後、ローズマリーをほんの一滴垂らしたような薄いハーブが寄り添ってくる。花の香りはオレンジフラワーにわずかなジャスミン、そしてローズといった感じ。メインはまろやかなホワイトフローラル様だ。だが、とにかく薄い。思わずつけて5分で追い足ししてしまう。これなら上半身に10プッシュしても周囲も気付かないのではというほど。
それでも各香料のバランスはよい。シトラスの酸味は静かで、フローラルは真綿のように柔らかい。次第に浮かび上がってくるサンダルウッドは、ほんのり香ばしく、ナチュラルに森や庭園の香りが漂ってくるよう。まるでアロマウォーターを肌にのせたかのような風合い。そんなミドル。
ミリー・ラ・フォレはラストも儚い。つけて30分で香りがほぼしない。とてもナチュラルでバランスもいいのだけれど、これで当時125mlボトルが3万円以上したのだから、廃番になったのも分かる気がする。
そう。この作品は、シリーズ中最も短命で廃番となり、安価なメゾン・クリスチャン・ディオールに商品が再編されてからも、もうその姿を見ることがなくなった香りだ。
それでも。
何も主張しない。何も邪魔しない。そんなナチュラルでひっそりした香りが欲しいときもある。ちょっと疲れたときなどは特に。上げたくても心が上がらないとき、人は無臭を求める。けれど、心がどんよりと曇って息をしていることすら自分で気付かないときは、気付け薬代わりにこんなナチュラルなアロマで自分を取り戻したい。そう思うことがある。
そんな優しさがこの香りを創ったのだろう。売れる売れないは別として。
ミリー・ラ・フォレ。それはディオールの心が帰る場所。
親愛なるフランソワ・ドゥマシー様。貴方のミリー・ラ・フォレはいずこに。
レ ゼクスクルジフ 31 リュ カンボン オードゥ トワレット(ヴァポリザター)
容量・税込価格:200ml・36,300円発売日:2009/5/1
2021/10/23 06:32:21
シャネルの香水は女性の戦闘服だ。そう思っている。「男は外に出れば7人の敵がいる」という言葉があるが、おそらく女性は鼻で笑うだろう。女性の場合、外にいても家にいても、100の理不尽と戦っている。髪の先からつま先まで常に見られ、有象無象のくだらない批評や差別に晒されている。だからたった1つの大切な自我を守り抜くために、女性は髪を整え、メイクを決め、服と靴でガードを固めて、この生きにくい世界に対峙するのだろう。そしてそこにシャネルの香水があれば鬼に金棒、ドラクエにぱふぱふ娘だ。(←は?)
シャネルの香水は他とは一線を画す。他の香水がファッションの仕上げであったり、リラグゼーションアロマであったりしても、シャネルは見向きもしない。シャネルは孤高の道を往く。シャネルの香水はあらゆる攻撃から身を守ると同時に、自身のパワーを底上げする。ドラクエで言うなら、守備力アップのスクルトと攻撃力アップのバイキルトを同時発動するような伝説の鎧だ。
特に、三代目調香師ジャック・ポルジュが、心血を注いで創り上げた最上級の香水シリーズ、レ・ゼクスクルジフ・ドゥ・シャネルの作品の戦闘力は高い。最高の素材を用いた本物の香水だけがずらりと並ぶ。31リュ・カンボンはその中の1本。2016年リリース。
31リュ・カンボン。言わずと知れたシャネル本店の住所。パリ、カンボン通り31番地。同21番地に開店した帽子専門店での成功をきっかけに、ココ・シャネルがスケールアップを目指して建物ごと買い取り、シャネルブティック第一号店となったはじまりの地。
そんな歴史的な場所を冠にしたシプレ調の31リュ・カンボン・オードトワレ。それはいったいどんな香りなのか?
75mlのスクゥエアボトルからスプレーする。他のゼクスは200mlサイズもあるが、31に関してはこのワンサイズ、価格は27500円だ。リリーズ当時はめちゃくちゃ高いと思ったものだが、今では50mlで4万円近い他社香水もあるからそう高いとも言えないのかもしれない。単に自分の金銭感覚が麻痺している感はあるが。(←香水好きによくある)
スプレーして最初に広がるのは、シャネル独特のツンとしたアルデヒド系の香りだ。ベルガモットの高揚感にガルバナムの苦味、イランイランぽいフローラルが絡んで、N°5とN°19とクリスタルを足して3で割ったようなイントロ。つまり、フローラルアルデヒドで、心地よい苦みがあって、そしてグリーンだ。
3分ほどすると、次第にペッパーの乾いた辛みが出てくる。そしてその下から赤いローズのゴージャス感、ジャスミンのセンシュアルな雰囲気が漂ってくる。ペッパー&フローラルのキリッとした印象。これは確かにシプレの骨格を思わせる雰囲気。だが、オークモスのギリギリした苦みはない。どこか軽やかで、けれどしっかりシャネルの凛としたたたずまいを感じさせるミドル。
このミドルは時間につれてさらに変化してゆく。次第にアイリスのふんわりパウダリーな感じが強く出てくるようになる。ペッパーのドライ&スパイシーな香りが1階、ローズ、イランイラン、ジャスミンを主軸としたアルデハイディック・フローラルが2階、そして3階にコナコナアイリスの白い香り、といった具合に階層に分かれて感じられる。なるほど、まさにシャネル本店の建物構造のよう。
ココ・シャネルが31番地にブティックを開いた時、1階は人の注意を惹く帽子や洋服のブティック、2階は華やかなコレクションやクチュールのためのホール、そして3階は彼女自身が住む、心安らぐアパルトマンだったという。明確に感じられるスパイシー、フローラル、パウダリーの3つのノートは、この本店の構造にも似てとても対比的だ。それでいてしっかり1つ1つが綺麗に主張してくる。それらはどれもシャネルの別々の顔を表しているのだろう。
つけて30分以降はアイリスが増してきて、柔らかくまろやか、ほんのり甘いパウダリーに変化してゆく。つけたときのキリッとしたN°5っぽさは何だったのかと思うほど優しく、心安らぐおしろいの香りに終息してゆく。つけて6〜7時間、母のように優しいパウダリーになってドライダウン。トワレだが出力は強く、周囲への押し出し感も高めだ。そういう意味では確かに戦闘服、けれど最後はしっかり「安らぎのローブ」になる。
「カンボン通りは私の領域」と言い、後に23〜31番地まで全て所有するに至ったココ・シャネル。彼女にとって31番地は、自身のレゾンデートルでもあった大切な場所。この香りは、人生の酸いも甘いも知った、成熟した女性にこそふさわしい。
ギリリと強く、突き抜けて華やか、けれど柔らかくあたたかい。
31リュ・カンボン。ココ・シャネルは今もここに生きている。
[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(メンズ)]
税込価格:-発売日:-
2021/10/29 22:30:41
「アンバーって香水の香料に結構使われてるけど、どんな香りだか全然分からない。」香水にハマり始めの頃、一番疑問に思ったのはこれだった。ムスクと同じくらい保留剤として多くの香水にクレジットされているアンバー。それはどんな香料なのか?
結論から言うと、アンバーと名のつく香りは無限にある。なぜなら、ヴァニラの人工香料バニリンが発明されたときに、天然香料ラブダナムとのミックスから生まれた甘くてスモーキーな香りをアンバーと呼び始めたことに起因するからだ。だからここで言うアンバーは、マッコウクジラが吐いた腸結石から得られる天然のアンバーグリス(龍涎香)とは全く違う香りだ。いわば調香師が思い描いた幻想の数だけアンバー香料は存在する。アンバーは独創的で抽象的な幻の香りなのだ。
とはいえ、全く共通項がないわけではない。アンバーの始まりがバニリン+ラブダナム(樹脂の香り)であったことから、一般に「アンバーは甘くてスモーキー、官能的な香りがする」とされている。そこに、スパイス、ハーブ、フローラル、ウッディ香料を巧みにブレンドすることによって、さまざまなアンバー香料が作られてきた。
そんなアンバー系香水の中で、2001年のリリース以来、ずっと支持を得ている香水がある。それはイストワール・ドゥ・パルファンのアンバー114だ。
香りを通して物語を紡ぐ「香りの本」とも言うべき作品を創る香水ブランド、イストワール・ドゥ。パルファン。その創業時から売れ続けているというアンバー114、その香りを分析してみる。
アンバー114をプッシュする。そう言えば「世界香水ガイド2」ではアンバー411と間違って表記されてたなと思い出す。114はどうやら「114の元素から成るアンバー」とのこと。香料の数でなくなぜ元素の数を持ってきたのかは謎。他に意味でもあるのだろうか?
アンバー114はつけた瞬間からとても分かりやすい。まず最初に薬っぽく甘いベンゾインの香りが広がる。そしてラブダナムなどの樹脂系のスモーキーな香り。そこにスパイスの柔らかな香り、同時にヴァニラが広がってくる。トップからマイルドオリエンタルムード炸裂。ああ、確かにこれはアンバー系だなと思わせるイントロ。シャリマーをかなり薄くしたような、おトムのヴァニラファタールにハーブを足したような。
つけて2分でわずかにヴァニラの香りが浮き立つ。その下にスパイス。カルダモン、シナモン、ナツメグ。それを上回る強さでクリーミーヴァニラが香る。出力は弱めだが、トップからヴァニラの輪郭がはっきり分かる面白さ。ここはスパイシーヴァニラ。
5分もせず、乾いたウッディが下から主張してくる、干し草様のベチバーの香り。乾いてくる。同時に相反するようなパチュリの湿った土の香りもしてくる。ヴァニラはまだ香っている。薬っぽさとスパイスとウッディのコンボに、甘いベンゾインの香りが効いている。これはきれいめアンバーだなと感じる。アンバーグリスのような潮風っぽさやアニマリックな深みは全くない。ミドルのメインを張っているのはクリーミーなウッディヴァニラだ。
さらに、香りは穏やかに変化し続ける。静かにせり上がってくるシダーウッドの鉛筆の香り、わずかに薔薇や低音のゼラニウムの輪郭も見え隠れする。さらにトンカビーンの粉っぽい香りに包まれてくる。ウッディヴァニラからパウダリーヴァニラへ。そしてわずかにツンとした清潔さを見せるムスクと混じり合い、ラストはソーピーヴァニラへ。めまぐるしい変化。香料は似たような重さの物を結構多めに使っているのかも知れない。短時間で一気にベースのヴァニラとウッディが香るように構成されている。
秀逸なのは、ヴァニラが始めから最後までずっと香っていること。アンバー香水というよりは、ヴァニラ香水といった方がよいのでは?と思うくらいバニリンの主張が目立つ。確かにマイルドでクリーミーで、つけていて穏やかな気持ちになれる優しい香りだ。同じアンバーでも、やる気満々、鼻息の荒いゴリゴリ官能系なルタンスのアンブルスルタンあたりとは正反対に位置する香水。言うなれば女性向けのクリーミーマイルドアンバーといった感じ。
気圧が下がってきて肌寒さが増してくると、こういうあたたかくて官能的なヴァニラの香りが恋しくなる。アンバー114は、ヴァニラを主軸に、スパイス、フローラル、ウッディを上手く取り合わせた甘くてクリーミーなトロ蜜の香りだ。
例えばハチミツにヴァニラとシナモンを軽く入れる。ハーブを混ぜる。そしたらきっと、むかーしなめた浅田飴水飴のような、とろーり甘くてちょっと辛みがきいたおいしい蜜ができあがる。
アンバー114はそんな香りだ。
そうか。読めた。「アンバーいいよ」の114か。
2021/11/6 00:36:11
今年のサロパは、老舗キャロンの新シリーズが大きな話題になった。そんな感じがする。
香水の祭典「サロンドパルファン2021」。各香水ブランドが打ち出してくる限定品や新作の荒波の中、100年以上の歴史をもつキャロンの香水が、懐中時計型の円いボトルで人気を博し、新たな客層をつかんだ。「このボトル可愛い!」「これはもうボトル買い」そんな声がSNSでも飛び交っていたし、実際ものすごい人だかりだった。
このリニューアル人気がきっかけで、久々に取り出した香りがある。メンズ香水のトロワシエム・オムだ。これは、名作プールアンオムやヤタガンとともに「世界香水ガイド2」で最高評価を与えられていたキャロンのメンズ香水。選者のタニア・サンチェスはこの作品をして「使わないとしても、この香水はぜひ買ってみるべきだ」と辛口の彼女にしては珍しい推しコメをしていた。
2021年、キャロンの香水が新しい世代に広がろうとしている。そんな嬉しい予兆を感じながら、トロワシエム・オムの香りを久々につけた。1985年リリース。現在は日本で発売していないレアもの。調香はディプティックのオイエドなどを手がけた日本人調香師、亀井明子。
トロワシエム・オムをスプレーする。その瞬間、まず広がるのはパッと咲いたようなレモン。すぐさまコーラのような香り。シナモンとともにスパイシーなクローブが香るちょっとクラシカルなイントロ。昔よくあったカーネーションノート。その下から甘くアロマティックな紫のラベンダーノートが広がってくる。とてもなめらかなオープニング。
3分後、スイートなラベンダーが丸みを帯びて揮発してくると、ドライなスパイス香が下からせりあがってくる。スッと冷たく抜けるアニス、ホットでピリッと乾いたコリアンダー、ニッキ飴なシナモンあたりが茶色いミックスで広がってくる。ここまではかなりアロマティック・スパイシーな展開だ。
10分後、甘いラベンダーが消え、ギリギリとした苦味と乾いたスパイスが強くなってきて、ミドル前半となる。かつて酷評したヤタガンのゴリゴリウッディな香りを思い出す。あー久しぶりだ。これはオークモスのコクと強い苦味だと感じる。かつてメンズ香水には必ず使われていた苦味の強いウッディベース。そのモスのギリギリしたビターとドライスパイスが渾然一体となって、コーラよりも強烈なスパイスチャイ風の香りになってくる。
ところが、このスパイシーウッディなミドル強い香りは30分もせずにあっけなく減衰してゆく。甘くて辛いクローブ特有の香りを残して。つけて40分ほどすると、先ほどまでの苦味も辛みも、くしゃみの出そうなスパイシーも柔らかくなり、次第にミドル後半に変わってゆく。
このミドル後半は、やや女性的だ。ここまでの香料が強いせいで鼻が麻痺しがちだが、よく嗅ぐとヴァニラの甘さ、ジャスミンのふくよかさ、そしてトンカビーンの粉っぽさに支えられていることがわかる。何?突然女性的になった?さっきまでゴリゴリ、ゴン攻めしてたメンズはどこに行ったの?的なくらいに。
そして香りは、つけて2時間ほどであっという間に消えてゆく。何事もなかったかのように。してみると、コーラ&ラベンダーを思わせるトップはどちらかというと中世的、ドライスパイス&カーネーションなミドル前半はかなり男性的、ジャスミンやクマリン&ヴァニラが感じられてくるミドル後半からラストはとても女性的、と、くるくるジェンダーチェンジしてくるような不思議な展開の香水。
そうか。だから「第三の男」なのか。
トロワシエム・オム。これは映画「第三の男」を元に名付けられたという。前述のタニア・サンチェスはこの香水に最高点をつけているが、彼女によるとこの香りは「女の子のように可愛らしく、何より美しい少年」を彷彿させるらしい。だが、自分的には逆だなと感じる。
これは少年のように自由奔放な少女の香りだ。または男装の麗人、あるいは心から男性でありたいと思っている女性のための。ステレオタイプの「男性らしさ」「女性らしさ」といったジェンダーの枠に押し込まれることをよしとしない方々。これは、そういった方々が自由に楽しめる「3番目の性の香り」ではないかと思う。
考えてみれば、性は遠い昔から本質的には自由だった。誰がどんな髪型をし、服を着て、誰を好きになろうと自由。そういう意味では、この香水の「オム」も、この時代、リニューアルして削除してよいワードかもしれない。
「可愛いらしさ」で再び注目を集めている新生キャロン。ただその香りは歴史と伝統に裏打ちされていて、なかなか一筋縄ではいかない物も多い。一過性の人気に終わらぬようにと願う。
トロワシエム、男と女と”X”の香りの余韻を楽しみながら。
お運びいただきましてありがとうございます。いつまでも女性でいたい!外見も内面も...お若い方から先輩の皆様、もちろん、同世代の方々のクチコミ、ご意見を… 続きをみる