




























[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(メンズ)・香水・フレグランス(その他)]
税込価格:-発売日:-
2025/4/26 10:28:14
夜を駆ける情熱的なローズ。
ドリス・ヴァン・ノッテン「レイヴィング ローズ」は、クラシックな薔薇香水のイメージを覆すモダンなローズ香水だ。この香水は、2022年にベルギーの鬼才デザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテンが自身の美意識を香りで表現するために立ち上げたビューティーコレクションの一作で、調香師ルイーズ・ターナーの手によって創られている。ドリスは伝統的なローズ香水の概念を壊し、モダンでスパイシーな「ローズらしくないローズ」を目指したとされる。そこには、ファッションブランドとして常に自身が追い求めてきた「不可能な組み合わせ」という哲学が感じられる。
ドリス・ヴァン・ノッテンといえばまず思い浮かぶのは、斬新なスタイルと独自性で一躍ベルギーを世界的なファッション都市として認知させた「アントワープシックス」の一人であるということ。彼らは構築を崩し、実験的なデザインで自己表現をするというアプローチで、ファッション界に新風を巻きこんだ。ことにドリスのデザインは「異素材どうしの組み合わせ」が特徴で、それはこの香水のボトルデザインにも表れている。バブルガムピンクのキャップとメタリックレッドのベースが鮮烈なコントラストを描き、視覚的にも現代アートのような存在感を放つ。このボトルは、ドリスの自宅の庭に咲くバラをインスピレーション源に、彼の「花を奇妙に組み合わせるリスクを楽しむ」姿勢がそのまま投影されている。
そしてこの「異素材どうしの意外な組み合わせ」という哲学は、もちろん香りにも反映されている。では「熱狂のバラ」とは、どんな香りなのか?
レイヴィング・ローズのトップは、透明感あるペッパーの辛みと清涼感、そしてややソリッドでシャープなバラの香りが同音量で出てくる。クレジットによるとペッパーは、ブラックペッパーとピンクペッパーがあり、確かに酸味とフルーティーさをもつピンクペッパーの感じも出ている。最初から、バラとコショウの香りが鮮烈に弾けるトップノート。とはいえ、キッチンで使うコショウの香りではない。とてもスッキリして鼻の奥に気持ちよく抜けていくウェッティーな香りだ。甘さや優雅さに寄りかからず、フレッシュでありながらも情熱的な立ち上がり。
やがて5分もすると、ローズの香りが少し強くなってくる。エッジの効いた硬いローズが、ふんわりと花弁を広げたかのように、柔らかさをともなって感じられてくる。このミドルには、ローズウォーターとローズアブソリュートが配されていて、芳醇で奥行きのある花の香りが広がってくる。ここでも甘さはなく、酸味とほのかな青さを残しながら、生花っぽいバラの香りを呈して香ってゆく。
時間が経つと、ローズの奥からカシュメランのツンとした苦みが少し感じられてくる。それが柔らかなバラの印象とは対照的で、最後までどこかトゲのある緊張感を感じさせながら終息していく。ほんのりウッディなムスクが肌に溶けこむように感じられ、官能的な余韻を残す。トップからラストまで、香りはペッパーとローズという2つの軸をそのままに、少しずつ変化し続け、「終わらない夜」の香りをたなびかせる。
持続時間は、自分の体感で4時間ほど。香り立ちはややひかえめ。香料の種類は本当に少ないようで、ペッパー系とローズ系がメイン。ベースにウッディムスクが少々といった程度。可能な限りムダを配し「花とスパイス」という本当にシンプルな対比に落としこんだ香水といった印象。ローズ系香水は本当にさまざまあるが、中でもとりわけシンプルな構造に思える。その分、男性にも女性にも違和感なくフィットし、ビジネスシーンから特別な夜まで幅広く使える汎用性の高さはあるだろう。
レイヴィング・ローズの香りをつけていると、オフよりもオン、カジュアルよりもスーツやドレス、そして自然よりも人工的な街の風景や都会の夜。そんなシーンを駆け抜ける一輪の薔薇、といったイメージが似つかわしいように感じる。それは、ネオンに照らされたアートギャラリー、または静寂な夜明け前のガーデンパーティー、あるいは誰もいない劇場の舞台袖。そうした光と闇が形作るコントラスト、伝統と革新の融合、静けさと情熱が交錯する街の表情。そこで生き抜くために、この香りを纏って颯爽と風を切ってゆく。そうしたスタイリッシュな生き方を求める人にこの香りはよく似合う。
夜の灯に薔薇の香りが揺れる。スパイスの香りに心が浮きたつ。今夜、何かあるかもしれない。そんな華やぎの予兆を感じている。
終わらない夜、駆けぬけるレイヴィング・ローズ。
2025/4/12 13:06:39
その異様な椿を目にしたとき、彼は感嘆した。2本の幹が途中で交わり、一つになって枝を広げている。解説の声を聴く。「こちらが八重垣神社が誇る『連理玉椿』、2本の椿が1つにくっついた大変珍しい木でございます。通称『夫婦椿』と呼ばれ、夫婦和合、授児安産の守り神とされております。」
その神秘的な椿に魅了された彼の名は福原信三氏。(株)資生堂初代社長。ときに1930年頃。昭和恐慌によって大打撃を受けた老舗店の社長は、商売繁盛の願いをこめて自社にゆかりある島根県「出雲大社」を夫婦で参拝した。その際に紹介された場所こそ、件の霊木「連理玉椿」がある八重垣神社だったという。
彼は2本の椿が1本に交わる光景を見ながら、不思議な縁を感じていたはずだ。資生堂が初めて店舗を構えた地が銀座「出雲町」であったこと、明治や大正の頃に「花椿」の香油と香水が大ヒットしたこと、それを受けて自身が「花椿マーク」をデザインし、それがまさに2本の椿の花や葉を描いたものであったこと。
「やはり資生堂と出雲、花椿は切っても切れないご縁がある」そう感じたに違いない。そしてこれ以後、資生堂は出雲との関わりを深め、破竹の勢いで日本の化粧品事業をけん引していくこととなる。
こうしたきっかけとなったのが、資生堂初の香水「花椿(1917)」だ。
この香水は何度か復刻されているが、ここで紹介するのは「花椿オードパルファム(1987)」だ。こちらは87年に花椿会会員に贈られた非売品。フリマでは今も時々見かけるので、探してみるのも一興だろう。
では、どんな香りなのか?
ボトルのふたを外し、びんの口から直接肌に香りをのせる。はじめに感じられるのは、爽やかなグリーンノートだ。弾けるような生っぽい青葉の香り。それは春先の庭園で朝露に濡れた葉を見つめるような爽やかさ。ガルバナムのようなスッキリビターなグリーンの奥に「ああ、資生堂のパウダリーベースだ!」と感じる独特の石鹸系フローラルな白い香りが広がるトップ。
このグリーン系トップは、あのツヤツヤの見事な緑色の葉を思わせるに十分なインパクト。なるほど。確かに椿は赤い花ばかりじゃない。むしろあの美しい緑葉の連なりも大きな魅力だと再確認する香り。
調べてみると、資生堂は1930年代に社長が出雲を訪れて以降、毎年幹部も出雲大社に参拝するようになり、1935年には東京銀座資生堂ビル・資生堂パーラー前に出雲椿(ヤブツバキ)が植えられ、「花椿通り」と呼ばれるようになったという。その一面のヤブツバキの緑、それが花椿EDPのトップではよく香る。
つけて10分ほどすると、グリーンが次第に和らいできたことを感じる。下からパウダリーで優しいフローラルがグングンせり出してくるのがわかる。ほんのりカーネーションのスパイシーさもある赤い花の香り。クレジットに見られるのは、ローズやフリージアだが、ややワックス感の強いローズが強めで、少しアルデヒド調といった風情。その中にわずかにピーチのようなラクトン系の甘さが溶け込み、赤い椿の花びらに触れるような感覚を呼び起こす。そんなミドルになる。このミドルが柔らかく1時間ほど続く。
フローラルがうすらいでくると、キュッと鼻孔の奥に刺さる石鹸調ムスクが感じられてくる。アリサ・アシュレイやジョーヴァンムスクのような清潔系。昔よくあったと思い出すムスキーなラスト。グリーンも花も消えて、湯上がり感の清楚な香りになってくる。このラストがフローラルも感じさせながら2時間ほど続く。最後はパウダリーさも出てきて心地よい。
全体的に見ると、トップ、ミドル、ラストと明確に香りが変化していく調香。香調は、グリーン、フローラル、ムスクと変わる。色調変化は、緑→赤→白。各香料がきれいなアコードを作っていて、シームレス。美しいハーモニーを描いている。各香料の香り方の特徴と持続時間を計算して作られていて、よくできた香水だと思う。
そして椿に思いをはせた福原氏の心を思う。
福原氏は、かつて水皿に浮かべた椿の花をモチーフに資生堂の「花椿マーク」を自身でデザインしたという。その心にはどんな情景が広がっていたのだろう。
静かな水辺。そこに佇む椿の木々。風が吹くたび赤い花びらがひらひら舞い、水面へ落ちる。その瞬間、小さな波紋が幾重にも広がり、湖面はまるで絵画のような静寂に包まれる。遠くには霧が立ち込め、柔らかな光が差し込み、椿の花だけが鮮やかにその「美」を主張する。真っ赤な睡蓮花のように。
2つの椿が寄り添うイニシアル。それは資生堂の誇り。水皿と7つの葉は、7つの海と大陸を超えて日本の「美」を世界へ広げる資生堂の矜持。
それが 幻の花椿の香り。
2025/3/30 11:32:04
あの男(ひと)に香水をプレゼントしたい。何かいい香りないかな?オンオフ問わず気兼ねなく使えて、シトラスとかスパイシーとかウッディとかに振りすぎず、バランスが良くて、あまり強すぎない香り。知的で、洗練されていて、くどくなくて、若々しくて、誰にも嫌がられないような香り。それでいて、もし可能なら値段が比較的安くて、気に入ったら何度もリピートできるような香り。もし気に入ってもらえなかったら、女性の私が代わりに使えるような香り。やっぱ注文大杉かな?さすがにそんなのないよね。
いや、ある。そして、オルフェオンでもフルールドポーでもアナザー13でもソバージュでもない。そんな街中にあふれてる香りじゃない。
男性向けプレゼント香水なら、自分のイチ推しはフローリスの「スペシャルNo.127」オードトワレだ。対象は30代以上の大人な男性なら年代問わず。そのおすすめポイントは次の通り。
メリット@価格のお手頃さ
この香水の価格は100mlで1.6万円ほどだ。これは昨今のインフレ値上げトレンドからすると、かなりお求めやすい価格をキープしている。昨今は50mlでも3万円を超える香水が激増している中、まずはお財布に優しいというのは真っ先に紹介したい点。
メリットA香りのバランスのよさ・ほの淡さ
スペシャルNo.127は、とてもバランスが取れた香りだ。「シトラス」「ウッディ」と一言で語れないほど、香料が多彩でバランスがよい香りであるということ。
スプレーすると、まずはトップで爽やかなシトラスが爽快感を演出、するとすぐに、ネロリの甘くふくよかな香りがふわりと広がり、シトラスのシャキッと感をまろやかにする。この変化が絶妙で、爽やかなイメージを演出しつつ、男性の持つ懐の深い優しさを感じさせてくれる。
3分もせずにミドル。ここでは穏やかなゼラニウムと清涼感のあるローズが広がり、優しさの上に冷静さと知性、気高さを感じさせてくれる。このトップからミドルまでの展開が秒単位で変化し、しかもそれぞれの香料バランスが素晴らしい。つまり、全てにおいてバランスの良い能力をもつ男性像を暗喩している。
つけて40分ほどでラスト。ラストはほんのりアーシーなパチュリの香りとラブダナムの樹脂感が広がる。これは大地にしっかりと足をつけた、安定感があり、信頼できる男性像を見事に演出している。まさにクラシカルなオーデコロンの骨格を用いて美しく変化する。
そしてここまでの変化は約1時間で終了する。出力は控えめで、肌が見えるところに直接プッシュしても、つけて10分もすれば周囲に迷惑をかけるような香りではない。その優しさ、ほのかさが、さりげない周囲への気配りをも表現している。
メリットB男心をくすぐる歴史と伝統
スペシャルNo.127に は、偉大な歴史と背景がある。この香りは1890年、ロシアのオルロフ公爵の依頼で特別に作られた「オルロフ・スペシャル」として誕生した貴族のための香水だ。それが後にフローリスの「Specials」フォーミュラブックの127ページにレシピが掲載されたことから「Special No. 127」と名付けられ、その後、英国首相ウィンストン・チャーチルの愛用品となったことで世界的に人気が爆発した。
もともとフローリスは、代々の英国王室御用達ブランドとして世界に知られていたが、スペシャルNo.127といえば「チャーチルの香水」と言われるほど、彼に溺愛されたという。その政治的手腕の高さと緻密な判断力、ときに大胆な経営手腕によって、第二次世界大戦時にドイツを破り、幾多の栄光の頂点に立った男。彼が常に纏った香りこそがスペシャルNo.127だ。
とはいえ、スペシャルNo.127は古くさい香りではない。まして威厳に満ちた硬い香りでもない。その香りはどこまでも優しく、豊かで、美しい自然の色に満ちている。
この香りは、つけた瞬間、まるで夏の日差しに輝くオレンジ果樹園にいるような感覚をもたらす。その後、ローズやゼラニウムが彩る英国庭園へと誘われるように変化し、最後には書斎で過ごす静かな午後を思わせる温かみある余韻へといざなう。そのタイムレスな魅力こそが、時を越えて今なお世界で愛され続けている所以だろう。
もしもあなたが、大切な男(ひと)に香水を贈りたいと考えるなら、問われるのはあなた自身のセンスだ。あなたがなぜその香りを相手に選んだかどうかだ。
いつもさわやかで、優しくて、知的で、冷静で、決断力と包容力があって、その笑顔が信頼できる。
そんな男(ひと)だからこの香りを贈ります。フローリス、スペシャルNo.127。
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税込価格:-発売日:-
2025/3/23 13:12:13
「モテ香水」という言葉がある。大っ嫌いな言葉だ。各SNSでそれを紹介する方も多いが、ある種の詐欺だと思って完全スルーしてる。理由は簡単。モテ香水なる物を振りかけたくらいでモテるなら、人は絶対失恋して泣いたり騒いだりしない。だから
あえて言おう。香水ごときでモテる奴などいないと ←ギレン・ザビ?
何なら香水で「香害だ」と毛嫌いされることは、割とある。それだけに、付け方も香りの選び方もセンスが問われるのが香水だ。つまり、モテる人は香水なんかつけなくても最初からモテてるし、香水の選び方も知っている。そういう方がすてきな香りを身に纏ったとき、「鬼に金棒」な無敵モテが完成するだけの話だ。
だから、金と再生数稼ぎ目当ての詐欺ワードになってる「モテ香水」なんて言葉は、真の香水好きな方にとっては超迷惑ワード第1位なわけだ。そんなのに踊らされない方がいい。そんな簡単にモテが完成するなら、そのへんのサルに香水ぶっかけてラブモードになるかって、マジで。
と、のっけから強烈に批判的かつ煽情的に展開してしまったが、そんな自分でも、似たような言葉なのについ反応してしまう危険なワードがある。それは「媚薬」だ。いわゆる古来から研究されてきたラプポーションの類。
その薬を嗅いだり飲んだりすると身も心も捧げてしまうほど相手にのめり込んでしまうという危険な薬。それが「媚薬」。は?それとモテ香水とどこが違う?とそのへんのサルに聞かれたらこう答えよう。
「媚薬」はな、モテ何ちゃらと違って、文学ヲタと厨二心にぶっ刺さるんだよ、と。
というわけで、この世界にはその「本能的にヤバい禁断のエリクサー」を求めて本気で研究している人が少なからずいる(フェロモン香水はエビデンスないぞ)。そんな1人の女性がある日、古代フランスの書物の中に「門外不出の媚薬レシピ」なる物を発見してしまったからさあ大変。うわヤバ!これ香水にして出したら世界中の人がメロメロになっちゃうんじゃない?それはヤバ杉よ。よしやろう!
と思ったかどうかは定かではないが、実際に行動に移しちまったからさあ大変。それが19世紀フランスの媚薬文化を現代に蘇らせた香水ブランド「スール マントゥ」の創業者オリビア・ブランズブール女史だ。彼女は「コートの下」と名付けた意味深なブランド名のもと、いにしえの秘薬の薬学書から着想を得て、何種類かの香水を現代に蘇らせた。その一つが「プードル・
インペリアル(皇帝の粉)」だ。
この香りは、古代の愛のポーションのレシピを基に、ダウナー系パウダリーを手がけたら当代一とされる調香師ナタリー・フェストエアによって2016年に誕生した。全体的にペッパーやジンジャーを配したスパイシーな香りが特徴で、その名が示すように高貴さと秘めやかな美しさを体現している。
では、どんな香りか?
この香水をスプレーすると、すぐに透明感あるブラックペッパーと酸味のあるエレミが広がり、カルダモンの涼やかさも感じられる。まるで豪勢な宮殿の食卓、ディナーに招かれたような、スッキリスパイシーな印象だ。
その後すぐに、ほんのりジャスミン、青みあるスズランぽさが現れ、時々ムワリとしたフランキンセンスの香りが感じられるミドルになる。このミドルでは、トップからのジンジャーの温かみも感じられ、わずかなシナモン、クローブの気配と相まってスパイシーフローラルだ。これはあたかも、月明かりに照らされた寝室で、愛する女性の香りを抱きしめているような密やかな情景を思わせる。
出力は比較的穏やかで、天然香料の割合が強い雰囲気。2時間ほどすると香りはやわらぎ、肌から3pほどの至近距離でなければわからないほどに薄くなる。ラストは、トンカビーン、ベンゾインのヴァニラ感が温かみを与え、ほんのり甘いムスクやシダーと相まって、愛の余韻が肌に溶けこむように感じられる。このラストの甘く温かい感じが、とても「事後」な雰囲気で穏やかな夜を感じさせる。
「皇帝の粉」という名の媚薬。その再現。かつてフランス皇帝は、どんなときに「粉」を使用したのだろう。そんな思いをはせる。トップは、肉の味付けのようなペッパーとスパイス。食欲が増す効果がありそうな「粉」。ミドルは愛する王妃をその手に抱きしめているかのような女性的な「粉」。そしてラストは、星々が見下ろす柔らかなベッドの中で、穏やかな眠りにいざなう魔法の「粉」。
そうか。この香水は、トップで「食欲」、ミドルで「性欲」、ラストで「睡眠欲」をブーストする「粉」だ。
プードル・インペリアル。どこかで出会ったら嗅ぐといい。それはモテ香水じゃない。
人の三大欲をさらに誘発する、皇帝が愛した幻の「媚粉」だ。
2025/3/20 10:25:11
皇帝の庭園で摘まれた一輪のスミレが、時空を超えて香り続ける。
「ヴィオレット・ドゥ・ツァーリ(皇帝のスミレ)」は、19世紀のロシア皇帝に捧げられた由緒ある香水だ。その香りは、ヨーロッパの歴史と伝統、そして高貴な美しさを纏う特別な体験をもたらしてくれる。1862年、フランスの老舗ブランド「オリザ・ルイ・ルグラン」がアレクサンドル2世に献上したこの香水は、スミレの繊細な香りを基調としながらも、ロシア文化を象徴するかのような、深みが加えられた逸品だ。
ヴィオレット・ドゥ・ツァーリは、単なるスミレのソリフローラルではない。フランス産ニースのスミレとロシアのレザーやアンバーが調和し、クラシックでありながら現代的な感覚も併せ持っている。19世紀、改革派として知られるアレクサンドル2世が治めたロシアでは、西欧文化が宮廷生活に深く浸透していた。そんな中、ヴィオレット・ドゥ・ツァーリは皇帝への献上品として特別に調香され、その洗練された香りは宮廷の格式と威厳を象徴するものとなったという。
オリザ・ルイ・ルグランというブランドは、1720年に創業し、ヨーロッパ各国の王室御用達ブランドとして確固たる名声を築いてきた。フランス王室やロシア皇室に愛され、その名声は「唯一ロシア皇室御用達」の称号を得るまでに至った。このブランドが手掛ける香水は、伝統的な調合法と最高品質の原料を用い、時代を超えた優雅さを体現している。ヴィオレット・ドゥ・ツァーリもその例外ではなく、スミレという花が持つ純潔さや謙虚さ、高貴さを表現している。
そんなロイヤルワラントな「皇帝のスミレ」とは、どんな香りなのか?
ヴィオレット・ドゥ・ツァーリをスプレーする。その瞬間、ヴァイオレット・リーフの複雑な香りが鼻を直撃する。それは強烈なグリーンと土臭さとスミレの内省的な紫フローラルが一体化した強いトップだ。ただ、そのリーフグリーンの生青さを打ち消すほどに強く、ルートビアの湿布香が強く広がる。ピンとこない方には往年のサロン〇スの強烈な匂いと言えばわかるだろうか。成分的にはサリチル酸メチルの匂い。この特異なメントール香はウィンターグリーン精油を用いたものかもしれない。それはまるで、春まだ浅い森でそっと摘み取られたばかりの花々が放つ清々しい息吹を感じさせる。とはいえ、この強烈なトップで「う!くさっ!」と
NGを出す方も、比較的多いかもしれないとは思う。
ともあれ、サリチル酸メチルっぽい清涼感は、好きな人にはとてもクセになる匂いだ。最初は「湿布くさっ!」と思っていたルートビアーでも、気付いたら時々飲みたくなるような「慣れ」が生じる。皇帝のスミレもまたその手の部類。3分もすると、妙なるスミレの香りが下から広がってきて、慣れるととんでもないツンデレ香でたまらない気分になる。クセ強メントールからの美しいスミレ香。それが感じられてきたらミドルノート。
このミドルノートでは、ニース産スミレ、アイリス、ヘリオトロープが織り成すパウダリーでエレガントな甘さが漂う。なんと高貴で美しいパウダリーなヴァイオレットだろう。いにしえのロシア宮廷庭園、風に揺れる花々や、それを眺める貴婦人たちの優雅な姿が思い浮かぶ。キリリとしたシャープなメントールのエッジに彩られたうす紫の知的で孤高なスミレの香りが全体を支配する。そんなミドルノートが2時間ほど続く。香りは次第にナルコティック&メランコリックなスミレに変わり続けてゆく。
ラストは、ほんのりレザーの香りをまといながらウッディアンバーの香りに落ち着く。スミレ香はヘリオトロピンのパウダリーに包まれて涼やかに香り立つ。それは、人々の前では威厳に満ちた横顔を見せる皇帝が、唯一心を許した者にのみ見せる柔和な表情のように、どこまでも優しい余韻を残して消えてゆく。
煌びやかなシャンデリアが輝く宮殿、優雅に踊る貴族たち。その空間にはスミレと革の芳醇な香りが漂い、高貴な雰囲気をさらに引き立てる。舞踏会の向こうには広大な庭園が広がり、静寂の中、薄紫色の花々が夜露に濡れながら月光を浴びている。
そのノーブルなスミレが時空を超えて香りたつ。
皇帝のスミレこと、ヴィオレット・ドゥ・ツァーリ。それは、一瞬で人々をたじろがせるほどの怜悧なトップに始まり、次第に紫の心を濃くしてゆく香り。ラストはどこまでも優しいパウダリーな表情を見せ、あなたの心を篭絡してゆく。
160年の時を超えて今なお香り続けるツンデレノーブルなスミレ。
ヴィオレット・ドゥ・ツァーリは、ロシア皇帝が愛した、一遍の紫の夢。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。香水について細々とレビューしています。 最近はX(旧Twitter)でも時折つぶやいています。香水好き… 続きをみる