


















2025/3/1 14:28:45
ロシャスのファムは、女性に対する永遠の愛と約束を表したクラシカル香水の名作だ。
1944年、第二次世界大戦中という困難な時代に誕生したこの香水は、フランスのデザイナー、マルセル・ロシャスが妻エレーヌへの愛を込めて贈った傑作である。調香師エドモン・ルドニツカによって創り上げられた"Femme(ファム)"は、彼自身が開発したプルノールという特別なフルーティーベースを用い、熟したプラムやピーチの濃厚な甘さにスパイシーなアクセントを加えたシプレ・フルーティ系の香りだ。
その後1989年にはオリヴィエ・クレスプによるリフォーミュレーションが行われ、現代的な解釈としてオリジナル版よりややクミンが強化され、よりスパイシーになっている。
ロシャスは1925年に設立され、ファッションと香水を融合した先駆的な存在として知られる。創業者マルセル・ロシャスは、女性らしさを象徴するバストリエや曲線美を活かしたデザインで名声を築き、その哲学は香水にも反映されている。ファムのボトルデザインもまた、女性の体型を模したアンフォラ型で、その美しさを視覚的にも表現している。
では、どんな香りなのか?
この香水は、つけた瞬間から美しい魅了が始まる。トップノートではベルガモットやレモンの爽やかさにプラムやピーチの甘さが重なり、あたかも果実園で熟した果物を手に取ったような豊かな香りが広がる。まるで日差しに照らされたフルーツの香気そのものだ。
このフルーティーな感覚は現代香水の「まんまフルーツ香」とは異なり、煮詰めたコンポートやジャムのようなテイストに近い。とはいえ、世界大戦中の食糧や物資が不足していた時代に、こんな美味しそうな香りが生まれたのだから、当時の女性たちがこぞって買い求め、ファムの香りに酔いしれたことは言うまでもない。ルドニツカは調香師である前に、天才肌の化学者だったと言える所以を感じるすばらしいトップ。
次第にミドルノートへ移行すると、ローズやジャスミン、イランイランが顔を出し、クローブやシナモンのスパイスが温かみと深みを添える。それはまるで夕暮れ時に開く花々が黄金色の光を浴びて輝くような風情を感じさせる。どちらかと言うとスパイシーなカーネーションの割合を強めに感じる。これは当時の流行ノートと言ってよいだろう。
つけて1時間ほどするとフローラルは和らいできて、ラストノートのオークモスやパチョリ、アンバーグリスが静かに香り立つようになる。どこまでも広い大地。その土と木のドライな香りに変わってくる。最後はムスクやサンダルウッドが夕凪のような穏やかさで、心に深く刻まれてドライダウン。
夕暮れ時のフランス田園地帯。黄金色に輝く果樹園と遠くに見える森を見渡しながら、古城でワインを傾けるエレガントな女性。その姿には過去と現在が交錯し、時を超えた美しさと自由への憧れが感じられる。果実園には熟したプラムや桃の甘い香りが漂い、微かな風が木々を揺らす音だけが鳴っている。空は黄色からオレンジへと変わりゆき、大地全体が柔らかな金の光に包まれる。その光景はまるで一枚の絵画のように、愛する女性と自然の美しさを心に刻みつける。
ロシャスのファムは、ただの香水ではない。それは運命の女性に出会えた歓喜と、変わらぬ愛を誓った香りの記念碑だ。特にプラムや桃のフルーティーが残り、オークモスのかすかなスパイシーと重なり合うラストの美しさは、今なお輝きを放っている。その香りは、愛の瞬間を永遠にすべく、時を超えてずっと心に鳴り響くメロディーのように、どこまでも優しい。
相手を思う気持ちを香りにこめて贈る。その香りが世界中で愛され、人々にずっと使われ続けてゆく。それはなんとすばらしいことだろう。愛も香りも、形こそ見えないけれど、その存在は時を超えて永遠を刻み続けてゆく。
その一滴で永遠の愛を契る。ロシャス、ファムの香りで。
2025/3/2 05:37:56
校舎の屋上に足を踏み入れた瞬間、冷たい早春の風がKAIの頬とカメラを撫でた。
その風に乗って、ふわりと柔らかな香りが鼻をかすめる。ベルガモットとグリーンのトップ。それは彼女、YURIがいつも纏うSHIROの「ホワイトリリー」の香りだった。
鉄扉が開いた音に気付いて、YURIがフェンスにもたれたまま振り返る。彼女の髪が風に揺れる。
「来てくれてありがと!卒業記念に写真部部長さんに写真撮ってほしくてさ。」
「ってか、よく屋上開けてくれたね?先生?」
「そう。KAIが屋上から式後の卒業生を撮りたがってるって伝えて。写真部顧問のお許し。」
「あらら。実際に撮るのはガールズバンド『ホワイトリリー』のヴォーカルさんだけどね。」
「てへへ。」
YURIが気持ちよく伸びをしながら笑う。その笑顔に、彼はいつもときめいてしまう。さっきよりホワイトリリーの香りがしている。高校最後の一年、彼女の存在とこの香りが、何よりも特別だったことが思い出される。
「じゃ、適当にポーズとるからよろしく」
「うん。じゃあ、そことりあえず立ってみて。」カシャー。
「先生にね『2人で変なことするなよ』ってクギ刺された。」
「えー!マジかー…あ、そこで手を後ろで組んでみて」カシャ、カシャ
「いいじゃん。どう思われても。さっき卒業したんだし。それとも…変なことしちゃう?」
「……」
「ちょっと!なんでドン引きするのよ!あーあ、あたしやっぱ魅力ないかー。くっそ!」
「い、いや、そういうんじゃなくて…」
痛いところを突かれたようでドギマギした。ずっと言えずにいたけど、この一年彼女のライブがあるたび、バンド専属カメラマンとして何百枚もの写真を撮り続けてきて、でも
実は彼女しか見てなかったことがバレたような気がして。KAIはそっと気持ちとカメラを下げた。
「ん?どした?」YURIが近づく。長い髪がホワイトリリーの香りを彼の横顔に運ぶ。百合と薔薇とジャスミンをミックスしたミドル香が、いつもより切なくキレイに、彼の心をツーンとさせた。彼女が不意にトーンを落とす。
「…本当はいつもさ、探してばかりだったんだー」「…え?」
「学校いてもさ、窓の外ばかり見て、ここじゃないどこかとか。友達と笑っててもさ、ウチ帰ると1人で泣いたりさ…いつもなんか探してた。」
「…そんな、そんな感じ、なかったけど」
「でも本当そうなんだ…。KAIはあたし達のライブ写真、たくさん撮ってくれてたよね。」
「…うん、まあ。」
「…バンド専属カメラマンってテイだったけど、でもいつもあたしだけ見ててくれたよね?」
カメラを落としそうになった。「そうだね」そう言えたらどんなにいいことか。でも言えない。返事の代わりにカメラをギュッと握りしめた。
「…あたしね、嬉しかった。ライブの時はさ、みんなアイドルみたいに見てくれるけど、ふだんのあたしは地味で泣き虫で誰も気にしてない…」
「そんなことない!」
「え?」
「そんなことない。YURIはいつも前向きで、みんなに優しくて、それで…あーもう!」カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ…
YURIは一瞬目を大きくした後、少し微笑み、意を決したように言った。
「ありがと。だからかな。最後に写真撮って欲しかったんだ。あたしの一番好きな場所で。一番大事な人に。」
「……え?……」
「はい、そこでシャッター止めない。ちゃんとキレイに撮ってよ。専属カメラマンさん!」
シャッター音が響く中、ファインダー越しに彼女を見つめた。春の日差しが彼女の髪に反射してキレイだった。ほぼ撮り終えたとき、YURIがそっと近づいてきた。
「ありがとう。ね、これ…持っててほしい。」
彼女が差し出したのは、ホワイトリリーの香水ボトルだった。その瞬間、柔らかな風が吹き抜け、アンバーやサンダルウッド、ムスクの温かみあるラストノートがKAIを包みこんだ。YURIの髪が彼の耳に触れた。彼女の髪から漂う香りは、石けんのように彼の心をやさしく洗った。
YURIが頬を染めながら言った。
「大学、向こうだけど、時々帰ってくるから。」
「うん…」
「それまで持ってて。あ、使ってもいいよ。ほら、急に賑やかなあたしがいなくなったら寂しいでしょ!だからあたしだと思って…」
「…うん。YURI。」
「え…?」
「最後に、ぼくも一枚お願いしていいかな?」
「え?」
「…ずっと好きな人がいた。その人の写真が欲しいんだ。ぼくの…専属モデルになってほしい人。」
「!」
カシャッ!
その瞬間、屋上に春風が吹いた。ホワイトリリーの香りが、2人をあたたかく包みこんだ。
2025/3/8 08:06:58
オルノワール。「黒い金」と名付けられた香り。
1980年に誕生したオルノワールEDTは、クラシックタイプなアルデハイディックフローラルの香りだ。調香師セバスチャン・マーティンが手掛けたこの香水は、白い花々やウッディなノート、そして苔のような深みを持つアコードが特徴だ。その名が示す通り、「Or Noir(黒い金)」は、ラグジュアリーとミステリアスな魅力を象徴するかのようだ。この香りは、パスカル・モラビトがジュエリーデザイナーとして築いた芸術的な美学と、彼のブランド哲学を体現している。
パスカル・モラビトは1970年代に設立されたフランスのラグジュアリーブランドで、ジュエリーやアートの世界で高く評価されている。創業者であるモラビトは、芸術性と機能性を融合させたデザインで知られ、その哲学は香水にも反映されている。オルノワールは彼の初期の作品でありながら、今なお愛され続けるタイムレスな香りだ。この香水は、クラシックなシプレー系の構造にフローラルの華やかさを加えた調和が魅力である。
ではジュエリーデザイナーが描いた「黒い金」とは、どんな香りなのか?
オルノワールEDTをスプレーする。その瞬間「あー、これ多分CHANEL5番みたいなエレガンスを表現してほしいって調香師にオファーしたんだろうな」と感じるようなクラシカルなトップについ微笑んでしまう。各香料をシームレスに溶け合わせ、その香りを一気にオーバードライブするアルデハイド。その香りが真っ直ぐ鼻を直撃する。令和の若い女性には「うわ。きつっ」と鼻をつままれるかもしれないが、あなたたちの合成フローラル柔軟剤爆撃よりはマシよという声もどこからか聞こえてきそう。別に世代間の闘争を煽るつもりはない。とはいえ、リリースが1980であることを鑑みても、当時ですら古さを感じさせたであろうトップ。
5分もすると、ベルガモットやアルデハイドの壮大なトップはやわらぎ、次第にローズ、ジャスミンなどの花々が優雅に姿を現す。ここで「お」と思ったのは、甘いローズが際立って主張してくる点だ。それにクラシカルな香水につきもののイランイランがないのも嬉しい。
このミドルノートは、不思議なことに、一瞬「イチゴのコンポート」を思わせる香りがたゆたう。もちろん個人の所感だが。自分はそこに一番惹かれた。今から50年近く前、まだフルーティーフローラルなんて言葉もない時代、チェリーやピーチを模した香りが4万も5万もするなんて信じられなかった時代に、オルノワールEDTは、メイローズとアイリスのパウダリーで、甘いイチゴジャムみたいなミドルを放っている。これだから香水は面白い。最新の物もとてもクラシカルな物も、必ず調香師の「こだわり」がどこかに潜んでいる。間違いなくオルノワールの存在意義は、このミドルのローズアレンジだろう。そう感じるミドル。それは、真っ赤なシルクに金糸が織り込まれたように、繊細でありながらもその存在感をキラキラと主張している。
EDTではありながら出力は強めだ。時折イチゴフルーティーに思えるような甘いローズのミドルは2時間ほどゆったり香り減衰してゆく。最後にはオークモスの乾いたスパイシーが現れ、大地のような安定感と温もりを与える。このラストノートは、黒曜石のように滑らかで、時折、金のアンバーの光沢を感じさせる。全体に3時間ほどでドライダウン。
オルノワールEDTの香り変化を肌で感じていると、アルデハイドが過去を、そしてフルーティーローズが現在を表し、ビターなモスが時の行く末を表しているようで、興味深い。ここに時の交錯を感じる。
黒い金。この言葉は確かにジュエリーのゴージャスな世界観とリンクする。漆黒のバックに最も映える色は白でも赤でもない。まばゆいほどの金色だ。
時は一瞬たりとも止まらずに過去から現在、そして未来へと続いていく。この香りは「時は金なり」という言葉を彷彿させる。だがここでいう金は"money"ではなく"gold"だ。"Time is gold" 時は漆黒の闇の中をサラサラと流れていく砂金のようにも思えてくる。
アルデハイドが壮大なシンフォニーの幕を開ける。甘くクリーミーなローズが妙なる調べを奏でる。スパイシーなモスがフィナーレを飾る。
漆黒の心に、金の流砂が広がってゆく。
2025/3/9 10:13:41
アイスクリームパーラーに行きたい。いくつになっても心がうきうきしてしまう、あの甘くパステルな世界観に酔いたい。
店に入った瞬間、ふわりとヴァニラやフルーツの香りが鼻をくすぐる。幼い頃感じたワクワク感に包まれる。今日は何にしよう?つい顔がほころぶ。
カラフルなライトが天井から柔らかく降り注いでいる。壁には虹のような色彩でイラストが踊っている。ガラスケース越しに輝くジェラートたちは、「わたしを選んで」と誘惑し、どれを選んだらいいか楽しく迷わせてくれる。
中でも特別ゴージャスなのは、アイスクリームにフルーツソースやホイップクリームを添えたアイスクリームサンデーだ。
アイスクリームサンデーは、ただのデザートじゃない。それは美味しい夢と冒険がフルコンタクトされた、甘美なオーケストラのように心をいざなう。
まず目に飛び込んでくるのは、カラフルなトッピング。 ふわりと雲のように広がるホイップクリーム。その上には真っ赤なチェリーがちょこんと座っている。チョコやフルーツのソースはクリームの溝に滑らかなリボンを描きながら、アイスクリームの丘を優しく包みこむ。そして虹色のスプリンクルが、星屑を散りばめたように輝いている。
スプーンを差し入れる瞬間、はち切れそうなワクワクでいっぱいになる。それがアイスクリームサンデー。そんな楽しいサンデーが香水になった。
アナスイの「ヴァイオレット・ヴァイブ」は、2023年に登場した「サンデーコレクション」の一つとしてリリースされた香水だ。このコレクションは、デザイナーであるアナ・スイ自身のアイスクリームへの愛情と遊び心を反映したとされている。特にヴァイオレット・ヴァイブは、紫色のエナジーと甘さを象徴する香りとして注目を集めている。
このシリーズ3作品は、どれもパッと目を惹くボトルデザインが素晴らしい。アイスクリームサンデーを模した形状に、チェリー型のスプレーポンプが付いていて心が躍る。このシリコンぽい素材のチェリーを押すことで、チェリーから香水がスプラッシュするギミックには本気で脱帽した。もうこれだけで星2つ捧げたい。これ作るの相当大変だったはず。それでも遊び心を絶対に譲らないブランド精神が最高。さすがアナスイ。厨二を置いていかない仕様。
では、肝心の香りの方はどうなのか?
ヴァイオレット・ヴァイブをスプレーする。はじめに感じられるのは、ほの甘いクリームの香りだ。期待値としては「ヴァイオレット」の名を冠してるだけにスミレのメランコリックなトップを思い描いていたのだが、そこは肩透かしを食らう。普通にクリームノート。ボディも薄め。ただ背後に何がしかのフルーティーな香りが寄り添っているトップ。
クレジットによると、トップには、ストロベリークリームやブラックカラントネクター、レモンゼストが挙げられているが、どれも鼻には届かない。あっさりとしたほの甘クリーミー。ただ5分ほどすると、その中からアップルシャーベットのような酸味あるフルーティーが少し感じられるようになる。それだけ。
うーん。惜しい。アイスクリームというには、あのとろけるような甘さとヴァニラのコクはないし、ミルキーさもない。かと言って勝手に期待していたヴァイオレットちゃん(ごめんエヴァーガーデン)もいない。香りは完全にほんのりアイシーなだけ。それがしばし続く。
ラストノートは、ピンクマシュマロとスキンムスクと書いているが、要はエチルマートルの甘さがずっと漂っているだけで、言葉に踊らされてる感が強い。そんな物足りない雰囲気。出力はオーデコロン並。
全体的に香りの変化は見られず、淡く薄く、やや抑えめなクリーミーな香りが1時間ほど続いてドライダウン。香りだけで見れば星2。ただボトルが良すぎるので合計で星4。
思うにこれは完全に色モノ仕様。「ヴァイオレットヴァイブ」という結構そっち系を連想させるきわどいネーミングからしても、ローからハイティーン女子の話題性を狙った系かなと推察。結論からするとボトルに8割強のコストをかけたなという印象。香りじたいはボディファンタジーの方がまだよい。これでほんの少しでもヴァイオレットフィズの香りをプラスしてくれたら、とたんに評価爆上がりだったのになあと思うと、とても惜しいなと個人的には思う。
アイスクリームパーラーに行きたい。ときには豪華にアイスクリームサンデーをオーダーしたい。可能なら、たっぷりクリームの上からヴァイオレットシロップをかけて、真っ赤なチェリーをのせてほしい。そしてとびきりの笑顔で渡してほしい。
「お待たせしました。本日のスペシャル。ヴァイオレット・ヴァイブです!」
[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(その他)]
税込価格:-発売日:-
2025/3/15 09:20:20
イングリッシュラべンダーの香りは、大英帝国の歴史と繁栄を象徴する紫色の風だ。
ヤードリー・ロンドンの「イングリッシュラベンダー」は、1873年に誕生した英国の伝統と優雅さを象徴するオードトワレだ。この香りは、イングランド南部のノーフォーク地方で育つ最高品質の真正ラベンダーを中心に作られており、自然由来成分を90%以上使用しているとされる。フレッシュな天然ラベンダー特有の癒し効果とともに、ベルガモットやクラリセージの爽やかなアクセントが加わり、いくつもの時代を超えて愛され続けている香水だ。
ヤードリー・ロンドンは1770年に創業され、英国王室御用達ブランドとして知られる。創業者サミュエル・クレイバーが石鹸製造から始めたこのブランドは、19世紀には「イングリッシュラベンダー」を代表作として世界的な名声を築いた。王室との深い関係や、英国文化を象徴する製品ラインナップがブランドの地位を確立し、今なおその伝統を受け継いでいる。
では、どんな香りなのか?
イングリッシュラベンダーをひと吹きする。その瞬間、パーンと薄紫の煙が広がったかと思うと、思わず「あ」と声が出そうなくらい、周囲の空気が清浄化されたような清潔感を感じる。これは昨今の香水では久しくなかったことだ。シトラスの爽やかさ?フローラルの華やかさ?そんな物はない。ましてやグルマンな甘さなど微塵も感じない。この薄紫ジュースから漂うのは、魂の洗練と身体の抗菌洗浄。そんな雰囲気。
トップから感じるのは、スッキリした天然ラベンダーの香りと石鹸のツンとした清潔な香り。これに尽きる。そしてこれがシンプルながら絶妙のバランス。とてもキレイなラベンダー石鹸の香り。
トップノートには、ベルガモットやクラリセージがクレジットされているがごく微量。開幕1分で消えるので同時に立ち上るラベンダー香の美しさに惹かれているとまず分からない。
そしてつけて2分くらいしてからのラベンダーの心地いいこと。ラベンダー香は合成でもそれなりの香りは簡単に作れるけれど、こちらは嗅いだ時の心地よさがハンパない。生花のもつシャープさや苦味、エグみが全くなく、滑らかでほんのりスパイシーでフローラル感も絶妙。まさに青でも赤でもない。美しい中間色、紫の香りだと感じる。これはいい。
ミドルノートでは、真正ラベンダーにわずかなジャスミンのコク、スミレの感傷も寄り添いながら、さらに心地よい安らぎをもたらす。これは満開のラベンダー畑で漂う芳香を思わせ、その穏やかで静かな香りは心を深く落ち着かせる。ラベンダーの安眠効果は有名なので、寝香水に最適。淡い香り立ちは、気分転換にもちょうどよい。流石、大英帝国ロイヤルワラント。
なのに価格が安い。海外からうまく取り寄せれば、125mlボトルが3千円程度で手に入る。英国王室御用達が、こんな安価で入手できることもあるのだから、香水界はまだまだ面白い。
ただ
持続時間はあっという間。あれ?まだ1時間たっていないのでは?というくらい儚く消えてしまう。天然香料90%と謳い、アルコールもまた植物由来の優しさゆえ、かなり薄めのトワレだなという印象。何なら「香水」というより、香り付けした「消毒液」感の方が強いかも。
ラストはソーピーが増して、ほんのりウッドやヴァニラが温かみを加え、夕暮れ時の穏やかな大地の情景を描きつつドライダウン。日中のまばゆい太陽の下で輝いていた紫の絨毯を回想しながら、満点の星空のもと、穏やかな眠りにいざなってゆく。
イギリス、ノーフォーク地方の夏は、美しい一編の詩のようだという。その一面に広がるラベンダー畑を思う。大地に広がる紫色の絨毯。その間をそよぐ風は、花々の芳香を運びながら軽やかに一つ一つの花をなでてゆく。遠くには古い城郭が静かに佇み、石壁は長い歴史とともに陽光を浴びて輝いている。小川が太陽のカケラを反射してきらめきながら流れ、そのせせらぎに鳥たちのさえずりが重なる。空には白い雲がゆっくりと流れ、大地のところどころに影を動かしている。深い静けさと広大な自然の美しさが、紫の大地に息づいている。
イングリッシュラベンダーの香りは、このノーフォーク地方に吹きわたる風だ。この香水が誕生したことで、「イングリッシュラベンダー」という名前が、ラベンダー種に位置付けられたという。その紫色の風は世界中に運ばれ、何世紀もの間、人々の心と身体を浄化し、清涼感とリラクゼーションを与え続けてきた。
空と大地の狭間で、風に揺れる小さな紫の花。その声が集まり田園交響曲となって、今も語りかけてくる。
ヴィクトリア朝から続く大英帝国の伝統と、7つの海を越えた大航海時代の覇権の記憶を。
お運びいただきましてありがとうございます。いつまでも女性でいたい!外見も内面も...お若い方から先輩の皆様、もちろん、同世代の方々のクチコミ、ご意見を… 続きをみる