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エルメス / ナイルの庭 オードトワレ ナチュラルスプレー

エルメス

ナイルの庭 オードトワレ ナチュラルスプレー

[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)香水・フレグランス(メンズ)]

税込価格:-発売日:-

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2013/6/10 00:10:26

エジプトの国花は、睡蓮だそうだ。このトワレのアコードの中心にも、そこを意識したことがよく感じられる。フルーツや木々の香りが立ちこめる水辺の透明感。やや青臭い印象のトップではあるけれど、ミドルからの落ち着いた柔らかでみずみずしい感覚は、とても好感がもてる。何だろう、甘くないパウダリー感。つんとした酸味のないシトラス感。とても不思議だ。けれど、いつまでも自分でくんくんかいでいたくなる、不思議な奥行きを感じる香水だと思う。好きだ。

かの少年王ツタンカーメンは、妻となった王妃に睡蓮をプレゼントしたそうだ。睡蓮は、古代エジプトでは、太陽の花と呼ばれ、愛された。朝、太陽が昇るとともに花を咲かせ、夕暮れに花を閉じる。そして翌朝、また花を咲かせるところから、サンフラワーとも呼ばれた。古代エジプトでは、太陽は神。水は生命そのもの。だから、水の上に咲く睡蓮は、太陽であり、生命そのものであり、そして・・・、「再生」の象徴。

死者の再生を信じてミイラやピラミッドなどの文化を構築し、現代科学でも解明できない高度な文明を築いたエジプトは、まさにナイルの賜物。調香師ジャン・クロード・エレナも、この壮大なバックボーンを知りつつ、香りという記号に変えるには、相当な苦労があったことだろうと推察する。

エルメスの宣伝文句、「いのちのフレグランス」って、ここまで知って聞くと、何だかうなずけちゃうな。

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エルメス / 地中海の庭 アン ジャルダン オン メディテラネ

エルメス

地中海の庭 アン ジャルダン オン メディテラネ

[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)香水・フレグランス(メンズ)]

税込価格:-発売日:-

5購入品

2013/7/15 04:30:21

「地中海」というと、すぐにイタリアやギリシャを想像してしまう自分ですが、この香水の舞台は、アフリカ北岸のチュニジアなんですね。「アフリカと地中海」というのは、日本人のイメージとして結びつきにくいようにも思いますが、イタリアの真向かいみたいな感じだから、気候的にも、植物や花、果実といった点でも、共通する部分が多いのかも知れません。

この香水のキーになっている香りはいくつかあって、まず1つが、地中海沿岸全体に見られ、チュニジアにも多いイチジクですね。トップでイチジクとあるので、これはイチジクの葉、フィグリーフの香りの再現の方をメインにしたグリーン系の香りです。次に、特にヨーロッパ側の沿岸の柑橘です。ミドルにクレジットされているベルガモットやオレンジフラワー。そして、3つめが乳香。乳香についてその歴史から語っていると字数がたりなくなるのでやめますが、教会でたきしめる薫香の1つとしても有名です。精油にすると、ややレモンぽい爽やかさを持つヒノキのような樹脂香。これらはそれぞれ地中海という特異な場所がもつ、文化的な3つの側面も表しているように思います。

フィグリーフ→地中海全体やアフリカの象徴、グリーン系
ベルガモット、オレンジフラワー→ヨーロッパの象徴、シトラス系
乳香、レッドシダー→中東アラブの象徴、オリエンタル系・ウッディー系

そして、これらを最初から最後まで支えて流れているのが、ミント系の清涼感です。これは、トップからずっと香っているのですが、まるでハッカ油を数滴たらしたのでは?と思うほど明瞭なクール感を前面に出しています。もっとも、本当にハッカ油やペパーミント入っていれば、トップ系なのですぐに消えていきそうなものですが、ミドル以降もずっとベースに残っているので、上手に合成されたウッディー系の清涼感かも知れません。

トップ。香り立つツンとしたヒノキ様の香り。これは乳香かな。そしてすぐに現れる土っぽさ、青っぽさの混じったグリーンな香り、これはフィグリーフのよう。そして前面にバーンと出てくるミントのような清涼感。この段階で、苦手な人はもう「あ、合わない」と思ってしまうと思います。出だしが複雑な香水って好き嫌いが明確ですよね。デューンしかり。

けれど、このトップのウッディ感、土っぽさは割と早く消えて、ここからがこの香水の真骨頂。ジャン・クロード・エレナお得意の、透明感のある、みずみずしい、洗練されたパウダリーな雰囲気がふわあっと香り立ってきます。このあたりのナチュラルっぽい香りの出方は、庭シリーズ全部に共通しているように思います。まるでどんなにモチーフやタッチを変えても、ゴッホの絵は誰が見てもゴッホとわかるように。ここからは、本当にスーッとしたクールな、そして甘みと爽やかさと針葉樹系のウッディーな感じもほんのり香るバランスのよいミドルになっていきます。そのまま、おだやかにスパイシーさが消えていくようなラストヘ。

このへんのミドルからラストが本当に好きですね。初夏から夏に最も使う頻度があがるのは、このあたりの香りが好きだからです。正直、ダビドフのクール・ウォーターよりも「クール」という称号をあげたい感じです。

調香師ジャン・クロード・エレナは、これがエルメスの庭シリーズ最初の作品ですね。彼は著書の中でも、「さまざまな香りを自分の中にとりこんで、全体のイメージを記号のように出していく。それは、本物の香りの再現ではない」というようなことを言っていたと思います。アフリカとヨーロッパと中東。これらの文化はカルタゴの昔から、この地中海の交易を通じて大きく関わり合って発展を遂げた。それら歴史や文化へのオマージュ、見事な細工を施したチュニジアンブルーの窓を配した白亜の街並や、どこまでも美しい地中海と空の青のイメージ。それらが渾然一体となって、この香水に表現されたのだと思います。

庭シリーズの中では、この「地中海の庭」のボトルが一番好きです。透明から青へ変わるグラデーションの美しさ。その中に揺れる金色の砂浜を表したかのような液体色。このボトルをやや斜め上から見ると、本当に美しいグリーンが見えてきます。それはまるで、アフリカの大地の黄色と地中海の青の中に、フィグリーフのグリーンを浮かび上がらせているようにも思えて、象徴的です。

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ケイコ メシェリ / PEAU DE PECHE(ポードペッシュ)

ケイコ メシェリ

PEAU DE PECHE(ポードペッシュ)

[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)]

税込価格:-発売日:-

5購入品

2016/7/29 19:07:07

桃のような香りがするフレグランスといえば、真っ先に思いつくのが、ケイコ・メシェリのポードペッシュだ。このオーデ・パルファムは、同ブランドの中でも特に女性に人気ある香りで、75mlボトルが17000円前後といういい値段にも関わらず、その香りに惹かれてリピーターが多いのが特徴だ。では、なぜそんなに人気があるのだろうか?

一つ目の理由は、ふくよかな桃のような香りがずっと長く続く、ありそうでなかったフレグランスだからだ。

ケイコ・メシェリさんは、日本で生まれ育ち、海外で伴侶を得てメゾン・フレグランスを展開されている生粋の日本人だ。強烈な香りで自己主張することが当たり前のフランスやアメリカで生活する中、奥ゆかしい日本的香り文化の良さも再認識し、自身の感覚で作り続けているのが彼女のフレグランスの特徴だ。このポードペッシュもまた、日本の夏の風物詩、白桃のみずみずしい香りを思い描いて作った香りだという。だからこそ、穏やかに仕上げられた白桃のような香りが、日本女性の心をくすぐるのだろう。

二つ目の理由は、この香りが、付けてから最後まであまり変化しないフラットな香りだからだ。

ポードペッシュが作られたのは2002年、すでに14年がたっている。にも関わらず、今もこの香りが古さや時代を感じさせないのは、フルーティーな香りが大きな変化なく5〜6時間も続いて、いつも同じ香りに包まれているという安心感を覚えるからだろう。

香水嫌いの人はよく、「スパイシーな香りはおじさんっぽくて嫌い」「付けたときはいい香りだったのに、その後で香りが変わってダメだった」と言うことがある。これを逆手に取れば、「スパイシーさがなく、よい香りがずっと変わらずに続けば好き」ということかも知れない。香水の歴史を慮れば、香料が時間の経過とともに変化し、そのときどきの表情を見せることがおもしろさであるにしても、現代の多様な価値観の下では、一概にそれを香水の良さと押しつけることはできない。シングルノートと言われる単一香が昔より増えたことや、よい香りを衣服に付けて楽しむという柔軟剤による香り付けが流行していることも鑑みると、現代人はむしろ、「変化しないよい香りが長く続くこと」を求める人の方が多いように思う。そういう意味でも、ポードペッシュは、現代日本の香り事情を予見していたかのようだ。

とはいえ、ポードペッシュは白桃そのものの香りではないし、全く変化しないわけでもない。では、その香りの雰囲気や変化はどうかというと。

ポードペッシュをスプレーすると、はじめはエーテルの蒸発につられて、ほんのりとしたグリーンな香気が立ちのぼる。そしてすぐにフルーティーで穏やかな香りが広がってくる。それは前知識がなくても、白い細かな産毛が生えた、スエードのような手触りの白桃の果皮を思わせる香りだ。ツヤのある緑の葉と、まだ熟れていない硬めの桃。グリーン&ピーチ。

5分もしないうちに、そこにクリーミーなベールがかかってくる。まるで、ピーチ風味の乳酸菌飲料といった雰囲気。何となくアプリコットの香りやアップルの風味をまじえたようなフルーティーさ。色でたとえるなら乳白色にほんのりピンクとクリーム色を落としたような。このミドルは3〜4時間ほど長く続く。わずかに甘く、酸味はなく、しっとりとしたクリーミー・ピーチ。

ラストは、ムスクが強く出てくるような風情になる。桃ふうの香りが薄れてきて、パウダリーな乾いた雰囲気。ちょっとだけウッディの香ばしさも感じられるが、フルーツとムスクをおおうほどではない。6〜7時間あたりで消失する頃、パウダリー・ピーチ。

桃は古来より、魔除けと不老長寿という強力な2つの力をもった仙人の果実とされている。邪気をはらい、桃の加護により女児の健やかな成長を祈るという桃の節句も、そうした理由から続いている行事だ。ポードペッシュの桃風味の香りは、もちろん香料の合成による人工的な香りではあるけれど、その微妙な調整具合は、とても繊細で美しい。ただ、ラクトン系のピーチ風味の香料は、長時間続くメリットがあるものの、体調のすぐれない方には強く感じられてしまうこともあるようなので、付け過ぎ等には注意が必要だと思う。控えめな香りだちながら、思ったより拡散力は強めだから。

ポードペッシュは、女性の肌からほのかに漂っていてほしい香りだ。男はそのたえなる仙果の虜になるだけでいい。夏にはすずやかに、春と秋にはみずみずしく、そして冬にはほんのりバターがきいたピーチタルトのように、四季を通じて、女性の肌の上でふわりふわり表情を変え、男をうっとりさせることだろう。

それは、桃肌の香り。陽に灼けたピンクの薄皮からしたたる、透明な水蜜桃のしずくの香り。

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エルメス / 李氏の庭

エルメス

李氏の庭

[香水・フレグランス(その他)]

税込価格:-発売日:-

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2016/10/29 18:03:37

まさかエルメスの「庭」シリーズに5作目が出るとは思っていなかった。「地中海」「ナイル」とヒットを飛ばしたものの、「モンスーン」で商業的にふるわず、「屋根の上」でフランスに戻って、「やっぱりここが一番」的な、チルチルミチルの青い鳥な楽屋オチで、旅は終わったと思っていたからだ。

しかも、今回の旅先は中国。以前から調香師エレナが並々ならぬ関心を寄せている国だ。かつて訪れた紫禁城で出会ったキンモクセイの香りの感動のみならず、漢字や中国文化、シノワズリ(中国の美術様式)への興味も高いようだが、正直「またそちらですか」という気がしないでもなかった。では、肝心の香りはどうか。

「李氏の庭」を肌にスプレーすると、まずトップで感じるのは、甲高い黄色い柑橘の香り。レモンの酸味にキンカンの香ばしい甘酸っぱさが穏やかに鼻をくすぐる。そしてすぐ消失。3分とせずに、これまでの「庭」系に共通するウォータリーなベースが香り始めてくる。ここからがミドル。

それは、内省的でややはかない印象のジャスミンと、フィグ系を思わせる少し青っぽい印象のウォータリーノート、藻や苔を思わせる暗めなグリーンノートのミックス。アーティフィシャルな香りだが、とてもしっとりとして、落ち着いた透明感あるミドルだ。まさに、これまでの「ナイル」「屋根の上」あたりに通ずる「庭ベース」ともいうべきみずみずしい香り。ただ、よく見ると、少し草木が枯れている。沼の水にもカーキの濁りがある。しだれ柳が作る翳りが思いのほか濃い。そんな印象。水墨画とまではいかないものの。

ミドルは思ったよりも短いと思う。1時間もせずに、柑橘やジャスミン、グリーンな雰囲気は消失して、気が付くと、透明感あるウォータリーな香りとほのかな木の香りとが相まった、庭系独特の艶のあるラストになっている。香料じたいがかなり少ない印象で、庭ベースを元に再チューンしただけのような印象も。そして、このラストがどことなく「モンスーンの庭」のようにこんもりした温かみのあるスパイス感をもっているように感じられる。ジンジャーやカルダモン、クミン系のスパイスがほんのわずかアクセントとして効いている、そんな感じがして、キラキラのスイレンアコードで終わる「ナイルの庭」や、甘ったるく終わる「屋根の上の庭」よりも、「モンスーンの庭」のインド寄りに思える。

ラストはほのかに7〜8時間も残っていて香るけれど、どこか入浴後のジャスミン系入浴剤の残り香のようにも感じられる。ジャスミンとウォータリーノートを合わせているのだから、さもありなんとは思うけれど。

全体に、とても落ち着いてしっとりした香りだと思う。であればこそ、やはり空気が乾燥してくる秋〜冬にかけて、シックな色合いの服やシーンに纏うとよい雰囲気になるだろう。そんな意味でも、この春に出た新作だけれど、自分にとっては秋のイメージの方が強い美しい香り。

ただ、いくつか言いたいことはある。

まずは、とにかくこのネーミング。どうにかならなかったのだろうかと言いたい。「李氏」は、中国や韓国で最も多い姓の1つであり、中国の架空の庭をイメージするための象徴として使用したようだが、「香水は何をお使いですか?」と聞かれて「あー、はい。『李さんの庭』です。」という会話だけは絶対にしたくないし、避けたい。欧米ではどうか知らないが、「李氏の庭」というネーミングは、明らかに日本人の心には響かない。響かなさすぎる。(←みんな遠慮して言わないから言ったな。パンクスめ。)

せめて仏語のまま「ムッシュリーの庭」、あるいは「シノワズリの庭」くらい、ぼかしてほしかった。加えて言うなら、もし日本をイメージして第6作を作ることがあれば、「佐藤さんの庭」なんて名前で出そうものなら、本気で青空に向かってあらん限りの罵詈雑言をシャウトします。(全国の佐藤さん、すみません。日本で一番多い苗字という意味で、他意はありません)

また、皇帝のイエローと呼ばれるボトルの美しいイエローグラデも、土色の黄河や、苔むした岩、よどんだ沼の色のイメージではやや残念だ。この香りやボトルから自分が思い浮かべるのは、陽に向かい、美しい黄色の扇を満開に広げたイチョウの木と、落葉が作る一面の黄色の絨毯。中国の観音寺には、樹齢1300年をこえると言われるすばらしいイチョウの木があるという。そんな紅葉ならぬ「黄葉の庭」のイメージが似つかわしい。

空が青くどこまでも高い。その空に向かって、鮮やかな黄色の葉をつけたイチョウの大木が、思い思いに気持ちよく枝を伸ばしている。その青と黄色のコントラストが目にまぶしい。

秋の午後、どこからかジャスミンティーの温かな湯気の香りがしている。柔らかな黄金色の日差しが降り注ぐシノワズリの庭で。

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エルメス / イリス オードトワレ ナチュラルスプレー

エルメス

イリス オードトワレ ナチュラルスプレー

[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)]

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2018/3/3 23:48:02

その男に誘われたとき、女の心に紫のインクが一滴こぼれた。あ、どうしよう。答える暇を与えず、男は隣のスツールから腰を上げ、ホテル最上階のバーカウンターから去っていった。先ほど部屋番号のついたカードキーを渡され、耳元で囁かれた言葉が、さながら呪縛のように女の心に反すうしていた。「下の部屋で待ってるよ」

エルメスのイリス・オードトワレは、美しくてせつない香りがする。はかなさと脆さと、そしてどこか哀しげなニュアンスの強いフレグランス。まるで禁じられた恋を今も心のどこかで引きずっているような。

1999年、オリヴィア・ジャコベッティ作。ラルチザンのジング!やプルミエ・フィグエなどで知られる彼女の比較的初期の作品。その名の通り、イリスの香りをフィーチャーしていて、珍しくシングルノートのような雰囲気。他の香料とミックスした際に、それらの上にパウダリーでふんわりとした柔らかさと、バイオレットのような暗い香気をまとわせるタイプの使われ方が多いイリスをメインに引き立てようとした意欲作。

とはいえ、アイリス(イリス、オリスも同義)の天然香料であれば最も高価な香料と言われ、シャネルあたりでないとふんだんには使えないほどの代物。ここで使われているのは、どうやらイリスの人工香料であるイロンのようだ。それでも他の人工香料よりはずっと高価だと聞くけれど。

そんなエルメスのイリスをスプレーすると、トップは苦みのあるツンとした香りが広がってくる。一瞬、パチュリの墨っぽさかなと思うような土っぽいウッディな香りだ。だが、クレジットを見ても特に書いていない。アーモンド系のギリギリした苦みとカルダモンのほんのりスパイシーな感じか。柑橘が一切香らないトップはなぜか潔くも感じられる。

やがて2分もすると、澱粉のような粉系のベールとともに、わずかに暗いバイオレット系の香りがしてくる。淡いけれど、カーネーションのスパイシーフローラルも同時に香っている。クローブがほんのりという印象。このパウダリー&わずかなバイオレットが、イロンの香りだろう。シャネル19番のなめらかで上質なイリスとは違って、どこか一本調子な紫色の香りが続いていく。優しくて、それでもわずかに冷めているパウダリー。

ミドルが2時間ほど続くと、かなり香りが薄れてくる。ラストに残るのは、一段階明るさを増した粉っぽい香りと、どこかインセンスを思わせるウッディ系の低いニュアンスだ。全体に合成香料を多く使用していて、香りの変化はあまり感じられない。女性らしい柔らかさと穏やかさが表現されていて好ましく、甘さや爽やかさはほとんど感じられないタイプのフレグランスだ。体温高めの方だと持続時間は2時間程度で、かなりウッディな低い香りが出やすい。ムエットにつけると柔らかいバイオレット系の粉っぽさがずっと続くので、体温低めの女性はアイリスの香りがきれいに出て使いやすいだろう。

全体に、どこかもの悲しい陰のある香りといった印象が強く、静かでひかえめ、まろやかで優しい雰囲気。人一倍感受性が豊かで、それゆえに自分から相手のプライベートゾーンに入っていけないようなパーソナリティーを思い浮かべる。一見快活で誰にでもオープンに開いているように見える方にも、そんな自分はいるものだ。だから、自分の中の鬱や陰、傷といった部分が前面に出てきそうなとき、こんな内省的な香りがそばにあると、安定剤のように守ってくれそうな気がする。

女はひとしきり考えた。それでも答えが定まらず、カードキーをそっとバッグに入れてスツールから降りた。バーを出る前に、窓の外に広がるビル群の夜景を見つめた。男は直属の上司、そして彼の妻は元先輩だ。心の中に落ちたインクは、紫色の沁みになって深い憂いをたたえて広がっていた。女はバーを出て、トーンの落ちたベージュ色のカーペットの上を歩き始める。エレベーターホールまでのわずかな時間、女の足が不規則に進む。押すのは15階か、それとも1階か。

下向きのボタンが光り、目の前のエレベーターが到着を告げる。左右にドアが開く。女はゆっくりと乗りこむ。その瞬間、仕事終わりにつけたイリスの香りが不意に鼻をかすめた。女神イリスの逸話をぼんやりと思う。

ゼウスの妻、ヘラに仕えていた侍女イリス。彼女はゼウスに何度も求愛されたが断り続け、遂にヘラに「どこか遠くへ行かせてほしい」と頼み、虹の女神となって彼らの元を去ったという。

眼前でドアがゆっくりと閉じていく。女は一瞬バーで見た夜景を思い出す。目を閉じて微笑む。そして女の白い指が、行き先を示すボタンを押した。

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