

























2021/12/4 13:49:43
女性におすすめしたいヴァニラ香水は?と聞かれたらこう答える。まずはゲランのスピリチューズ・ドゥーブル・ヴァニーユ(以下SDV)を試してみては?と。ただし賛否両論の多い香水ではある。好きな方は「最高のヴァニラ」と評するが、そうでない方はこんな風に言う。「木の香りしかしない」「ヴァニラが薄い」「値段が高い」(←それな)。
ドゥーブル・ヴァニーユ。「2倍のヴァニラ」という名の香り。ゲラン最高峰シリーズの香水で、価格も高いが人気もダントツの香り。ではなぜ評価が分かれるのか?
実は、SDVをつけた瞬間に立ちのぼる香りは2パターンある。ダークラムの洋酒っぽい香りが強く出るときと、鉛筆を削ったときの香りのようなシダーのウッディが主張してくるときだ。その混合比も日によって変わる。これは天然香料がふんだんに使われている証拠。だが、ここでウッディを感じる方には割と評価が低いようだ。
温かく酔わせるようなダークラムの香りと、冷たく内省的なシダーウッドの香りは、対比関係にある。それでもこの2つは、ほぼ同じ高さで香る印象だ。互いに拮抗しながら、絡み合うよう交互に現れる。さながらダブル香料トップといった感じ。
この2つの茶色い香料のせめぎあいは、静かながら顕著だ。日によってどちらが優位に出るかが異なる。その日の気温、体温、湿度、肌の状態等で、シダー優位orラム優位にふわふわ変わる。
まずここで「ヴァニラは?ヴァニラはいつくるの?」と思っている方は、肩すかしをくうだろう。実はこの香水、揮発の遅い天然ヴァニラを使用しているため、つけてしばらくしないと出ないからだ。
30分ほどすると、わずかにローズの片鱗が感じられるようになる。そこからはラムとシダーにとって変わるように、やっとヴァニラ香が立ちのぼってくる。
そしてこのヴァニラの香りは、確かにただものではない。
つけてしばらくして現れるヴァニラ。それはほんのりカラメル香が効いていて、クリーミーで、ラムのコクをまとった最上級のヴァニラだ。ただし、香り立ちは弱め。ふとしたときに鼻をくすぐる程度のまろやかさだ。合成ヴァニラの強さが好きな人は、ここでまたがっかりするかもしれない。だが、柔らかいベンゾインの甘さも伴ったヴァニラは、この作品でしか味わえないのでは?というくらい繊細できれいだ。そしてつける人の肌で香り立ちが変わる。だから、肌にのせたとき初めてその人のヴァニラ香になる。
ラストはラムとシダーの残香を残しながら優しくフェミニンなヴァニラで終息。時間は人にもよるが、6〜8時間ほどでドライダウン。
まとめると
SDVは、ラムとシダーのスパイラルトップから始まり、ゆっくりゆっくりヴァニラ香に変わってゆく熟成された香水だ。そのヴァニラは高級なれど、強くはない。バニリンを加えたとしても、とても2倍に増やした感じではない。一体どういうことなのか?そのヒントはこの作品名に隠されているように思う。
この香水の正式名称は「スピリチューズ・ドゥーブル・ヴァニーユ」だ。これを英訳すると次のようになる。
「Double Vanilla Spirit(ダブル・ヴァニラ・スピリット)」
英語の「スピリット」には、「アルコール(酒)」という意味と「魂・精神」といった複数の意味がある。だとするとこれは、一般的な「ヴァニラ2倍」という意味だけでなく、「ヴァニラの酒」という意味と「ヴァニラの精神」という意味、「2つ」をもたせた掛け言葉、ともとれる。
そうした視点から、ジャン=ポール・ゲラン、最後の作品となったSDVに込めた思いを想像してみる。
1つ。極上の天然ヴァニラには、ラム酒(スピリット)に似たファセットがある。それは合成香料のバニリン等で自然に出せるものではない。ゲランが独自に仕入れた最高級の天然ヴァニラにしか出せないものだというプライド。
1つ。ゲランにとってのヴァニラは、ゲルリナーデの根幹を成す重要な素材。その精神(スピリット)を忘れるな、という後進へのメッセージ。
この2つの「ヴァニラのスピリット」を込めた作品、という意味ではないだろうか。
別にそれが事実でなくてもいい。自分はそう受け取めた。4代にわたって香水帝国を築いてきたゲラン家の最後の調香師ジャン=ポール。彼がブランドの経営から退く際、言葉には言い表せぬ思いが多々あったことは推測に難くない。それらの思いが、この最後の作品の1つに注がれていたことは間違いないだろう。
スピリチューズ・ドゥーブル・ヴァニーユ。それは
あなたの肌にのせたとき、初めて完成する美しいヴァニラのお酒。いつまでもあなたの感性を刺激し続ける、ゲランのヴァニラの魂。
[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(メンズ)]
税込価格:-発売日:2021/11/3
2022/12/3 12:21:16
「一期無常(イチゴムジョウ)」は「いちごの香り」がする珍しい香水だ。世にストロベリーフレーバーはあまたあれど、実は「香水」で「いちご風味」というのはほとんどない。そのニッチをうまくついたのが、日本の香水ブランド「アールフレグランス」を興した調香師、村井千尋さん。
村井さんと言えば、個人的にフレーバリストとしての才能が豊かな調香師、というイメージがある。「フレーバリスト」とは、食品をよりおいしくするための香りを作る職人。あらゆる香料に通じ、それらの綿密な組み合わせによってクライアントが望む「美味しそうな本物っぽい香り」を再現するプロだ。ご存じの方も多いだろうが、村井さんが手がけた「ティーブレイク」は、本物の甘いレモンティーのような香りがするし、他の香水の花の香りも再現力が高い。
その村井さんが「いちごの香り」を手がけたということで、この「一期無常」は、2021年の発売以来、話題を振りまいている。ではいったいどんな香りなのか?
一期無常をスプレーする。肌に乗せてまず感じられるのは、甘酸っぱいイチゴの風味、そしてスパイシーな土の香りがするパチュリだ。「おお、本当にイチゴの香りがする」と思わず納得してしまう再現力。ちなみにイチゴの香料やエッセンスは、生の果実から抽出していない。主成分となるカラメル様の甘いフラネオールに、リンゴやパイナップルの香料成分等を100種類ほど混合して再現されている。一期無常のトップは、ハニーの甘さも伴って限りなくスイートなイチゴ香。そしてほんのりクリーミー。
だが一期無常はその名のごとく、少しずつ香りが変化してゆく。
10分ほどするとイチゴの香りが落ち着き、その下からスッキリしたローズが感じられてくる。フルーティーなピンクバラの香りだ。同時に下の方からは土っぽいパチュリに上質な革の香りが混じってくる。とてもなめらかなレザー香だ。これらが混然一体となってフルーティーパチュリ、いわゆるフルーチュリな雰囲気になってくる。イチゴだけでなく、他の香料も主張してくるミドル。
ただ興味深いのは、トップのイチゴ風味がミドル以降もしっかり続いていることだ。
つけて2時間ほどたってもイチゴの香りはメインで感じられる。それをハニー、パチュリ、スエード革の香りが支えているイメージ。トップのイチゴは甘酸っぱいベリー系の香りだが、次第に少し大人びたダークロマンティックな影が差してくる展開。
ラストはかなり黒い香りになってドライダウン。墨の匂いがするパチュリ、そのスパイシーさを和らげるような上質レザーのヴェール。最初が「赤いイチゴ」で始まりラストは「黒いレザー&パチュリ」で終焉。色も対比している。持続時間は自分の肌で約6〜7時間。ときにパチュリのアーシーな香り、ときにレザーのアニマリックな風合いが余韻を見せつつ、消えてゆく。ラストは、甘くて暗い大人の香りでフェードアウト。
確かにこの一期無常は全体的に、あまあま少女ロマンティックな「いちごみるく」の香りではない。サンリオの「いちご新聞」の雰囲気じゃない。むしろスタンダールの「赤と黒」だ。
ブランド紹介文には、赤いイチゴの香りが表す「生」と黒いレザーパチュリ香が表す「死」の対比が記されていて、かなりシニカルだ。また、ボトルに描かれた幾何学模様は「時間」を刻む砂時計を象徴しているという。そこには人としての業(カルマ)も描かれているようだ。「一期」それは死ではなく「人生」。「無常」それは常に変化し続けること。いうなれば「一期無常」に掛けられたダブルミーニングは、
「フレッシュなイチゴの香りは常ならず、それは刻々と変わり続ける」と
「人生とは、常ならぬもの。苦楽あり、幸不幸あり。そして人は日々老い続ける」の2つか。
そこまで考えて2つの「赤と黒」を思い出した。
1つは赤。いちごを表す漢字「苺」。なぜ「くさかんむりに母」なのか。その由来には「乳首のような実のなる草」という解釈がある。もともと「母」という漢字じたい「乳房」を象形しているので、いちごは古来、母の乳首をイメージさせた物であったとみることができる。
もう1つは黒。太宰治の小説「人間失格」のラストのセリフ。読む者の背中からそっと冷たい手を入れて、魂をわしづかみにするようなこの暗黒小説の最後は、こんな言葉でしめくくられている。「自分には幸も不幸もありません。ただ、一さいは過ぎて行きます。」
母の乳房は世界への最初の信頼。人生の始まりは赤ちゃん。土の香りは時過ぎて還る場所。人生の終わりは黒。そう考えると一期無常の意味は深いな。
母より生まれその乳を吸いし者、死に向かってただ生きゆくのみ。か。
まさに
祇園精舎の鐘楼に 一期無常の香りあり
2020/7/18 21:01:54
最高の薔薇香水は?とゲランファンに尋ねたら、多くの人が「ナエマのパルファム!」と答えるほど、人々を魅了してやまなかったナエマ。Pは残念ながら世界的にディスコンになってしまい、現在はこのEDPのみの展開。
トップに香るのは、溶けたワックスのようなアルデヒドとグリーン。このグリーンがなかなか癖があり、すっきりした新緑系グリーンではなく、あく抜き前の山菜のような渋さと苦さがはっきりと感じられるタイプ。実はちょっと苦手。このアルデヒドと渋苦いグリーンのせいで、トップだけだとかなりツンツントゲトゲとして取っつきにくい。
ほどなくすると尖ったグリーンも緩んで、蜜っぽい甘さを持ったローズに。桃のようにフルーティで可愛らしいバラの香りだ。このバラの香りの部分、付けた腕を遠くから嗅ぐとローズ単一香のように思えるのだが、鼻を近づけると思いのほか多層的なフローラル。少なくとも、ヒヤシンスのグリーンフローラルとライラックの蜜っぽい甘さは感じる。他にもいろいろピラミッドには記載があるようだが、私にはよくわからない。
ドライダウンは、フルーティローズの残香にウッディなバニラが加わって締め。ミドル〜ラストにかけて、しっかりローズの香りは残っている。持続は6時間ほど。トップのアルデハイドグリーンさえ乗り越えれば、わりと付けやすいローズ香だと思う。ただ、日によってはトップの攻撃的なグリーンが長く続いてしまう。なかなか気難しい姫君だ。もうちょい使う人に寄り添ってくれる愛想があれば助かる。
一時期廃番の噂が流れていたが、2021年1月にボトルと容量が変わって(容量100mL→75mL、ビーボトル風スプレーボトル→逆さハートボトル)再販された。なんとか存続してくれてほっとしている。
トップ:アルデハイド、グリーンノート、ピーチ、ベルガモット、ローズ
ミドル:ライラック、ジャスミン、ヒヤシンス、イランイラン、スズラン、ブルガリアンローズ
ベース:ペルーバルサム、パッションフルーツ、サンダルウッド、バニラ、ベチバー
調香師はジャン=ポール・ゲラン。
(フレグランティカより)
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