2012/5/21 16:55:45
マリリン・モンロー以前の聖林のセックスシンボルといえばジーン・ハーロウでした。豊かな胸にアルビノのように白い肌、何より彼女の代名詞となったのは、その目の覚めるような見事なプラチナブロンドです。活躍したのは若い時期だけでしたが、今の時代の同年代の女優とは別次元ものの貫禄のある女優でした。
モンローの香りがN°5だとしたら、彼女のそれはミツコでした。結婚後2ヶ月で謎の自殺を遂げた彼女の最初の夫は、彼女の香りであるミツコを体にたっぷりと浴びて銃の引き金を引いたと言われています。彼の遺体はむせ返るほどのミツコの香りに塗れていたと。それは魔都ハリウッドの数多ある醜聞の一つに過ぎなかったのですが、それが今や伝説化し、世界中で語り継がれているのも、この香水の何がしかの魅力・魔力によるということなのかも知れません。彼女自身も26歳という余りにも若過ぎる年齢で病死し、ミステリアスな伝説が補完されてしまったというところがあるのでしょう。
思うにこの香水は、東と西、世代と前世代、それらの断絶をただ呆然と省みさせる貴重な秤だと思うのです。かつて、二十歳そこそこの小悪魔の香りとして周知される時代があったこと、そして、落ち着いた年配の方向けのアンティークな香りとしばしば評される現在があること、その感性の断絶が考えれば考えるほど興味深くてならないのです。確かなもの、不変なもの、明確な道標などは決してこの世には存在しないのだと、なぜだかやけに胸に迫ります。
トップは杉や檜を思わせるようなウッディさが印象的で、森林の香り、そしてそこから切り出した材木で造られた床の間を思わせる香りだと思いました。ミドルは奥行きのあるお香のような香りですが、表情をくるくる変えるのには驚きました。同じ香調(シプレ・フルーティ)の中でもかなり派手なドルチェヴィータと錯覚する位のはっきりしたフルーティさを感じてはっとしたと思ったら、次の瞬間にはどうしてもそれを感知出来ず、落ち着いた和室の板材の香りとしか感じられなくなります。複雑で繊細で多面的なんですね。そして纏う者の心を読みます。ラストは肌の脂質と馴染むせいか、獣性の強いシプレ・アニマリックのミスディオールのような香り立ちになりました。
香りが思わせるのは、明治・大正辺りによく見られた和洋折衷のお屋敷で、内装はといえば、板張りの床に腰壁、欧州製の重厚な家具調度品、格子窓に重いカーテン。室内には埃っぽくも穏やかな、レトロなぬるい光がたゆたっていて、音はない。チェスターフィールドのウイングバックソファがあるけれど、座っているのは和装の女性…その女性は切れ長の一重瞼(もしくは奥二重)の和美人で、美しいけれど、愁いがある。裕福、でも満たされない。そうですね、皆様と同じです。それが私が出会ったミツコです。
西洋の方はかのグラマーなプラチナブロンドを連想するかも知れませんし、同じく愛用者として有名なチャップリンやダイアナ妃を思い浮かべるかも知れません。日本人なら多くの方が黒髪の落ち着いた女性像を思い描くでしょう。そうですね、それこそ古風な和装をした木村多江さんのような眼差しの和美人が纏っていたら…何だかもう似合い過ぎてくらくらしそう…なんて思うのは多分私だけではないはずです。
満たされない大人の女の香り、として様になる香水なのでしょう。サガンの「ブラームスはお好き」の映画化の「さよならをもう一度」の中で、イングリッド・バーグマンが、“自立した大人の関係”を続けてきたはずの、浮気な恋人との腐れ縁的な関係を孤独に内省する彼女の化粧台にもこの香水のアンティークボトルが置いてありました。ちなみにバーグマンもこの香りの愛用者だったそうです。
ところで、有名どころで恐縮ですが、映画「セント・オブ・ウーマン」の中でも出て来ます(多分字幕に出ないと思うのですが、アル・パチーノが「ミッツゥーキー!」と言うんですね。お聞き逃しなく)。こちらでも纏っていたのは、彼曰く“満たされない女性(ちょっと意訳)”…ということでした。
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2012/10/16 12:13:56
欠点のない人間がいないように、欠点のない香水もありません。
ただ、どんなに欠点があったとしても心から愛する人がいるように、私は、どんなに癖があろうともシャマードを心から愛しています。
「人は生涯に一つの香水しかつけてはならない」という法律ができたとしたら(笑)、私はこの香水を選びます。
第一印象は最悪でした。
古臭くて金属的なきついお白粉。
連想させる人物像は、魔法使いのお婆さん。あるいは金満家の鼻持ちならないフランスマダム。
浮かんだ言葉は、「これぞ香水臭さ、香害とはこのこと」
ところが、この強烈なトップノートは、ある時点からさっと幕が上がるように消えてなくなり、やがて、素晴らしいとしか言えない香りがあらわれます。
女性を、清らかな春の妖精にしてくれる香りです。
私なんかの描写より、ジャン・ポール・ゲランがインスピレーションを受けたサガンの小説「シャマード」を引用したほうがいいでしょう。
「彼女は眼をあけた。風が突然、決意したように、寝室にはいってきたのだった。風はカーテンを帆に変え、大きな花瓶の花を床の方へかしげさせ、いま彼女の眠りに襲いかかっていた。それは、春の、最初の風であった。林や、森や、土のにおいがした。パリの郊外や、ガソリンで充満した街路を気ままに吹き抜けて、風は、かろやかに、誇らしげに、暁のなかを彼女の寝室にやってきた。彼女が目をさます前に、生きる喜びを彼女に知らせるためだった。」
冒頭をそのまま引用しました。ゲランは、この数行を本当に見事に香りで表していると思います。
強烈なトップノートは、きっと、ガソリンや香水臭さが混じった一昔前のパリの匂いなんでしょうね。
でも、それが吹き抜けたあとは、花や緑やせせらぎの素晴らしい香りがします。
都会の埃っぽさや花粉症なんかに悩まされない、純粋な大地が迎える、春の暁の香りです。
清々しく、軽やかで、誇らしげで、生きる喜びにあふれた・・・。
とにかくめったにない素晴らしい香水ですが、癖もそれなりにあるので、付き合い方には気を使います。湿気が多く香りの立ちやすい日本では、普通につけていると、ふとした拍子にトップノートのお婆さん臭が顔を出してしまうかもしれません。
そこで、私は、おなかあたりに一吹きしたあと、お風呂に入ります。かけ湯をしてトップノートをさっと蒸発させると、たちまち生きる喜びにあふれた瑞々しい春の香りが浴室に立ちこめます。この切り替わりは、本当に魔法のようです。この春の香りに包まれてお風呂に入るのが、あまりにも気持ちよいので、私は毎晩、こうしてお風呂に入っています。
そして、大切な日は、出かける前にこの香水とともに熱いシャワーを浴びます。邦題の「熱い恋」とのちょっとしたつながりを感じつつ・・。
ネットで少しは安く入手できるとはいえ(約8千円)、私のように毎晩入浴とともに使うには高くつくので、人にはお奨めできませんが、当分はやめられない贅沢です。
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