doggyhonzawaさんのジバンシイ / キセルズ ルージュ オーデトワレへのクチコミ |
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- doggyhonzawaさん 認証済
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- 50歳
- 乾燥肌
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2016/6/9 23:31:01
人は心の奥底に、暗い深淵をもっている。ときにそこから吹き出る嫉妬や怒り、憎しみといったネガティブな感情に、心全体が侵食されそうになるも、人は己を鼓舞し、孤独な戦いを続ける。
キセリュズ・ルージュは、そんな負けそうな自分を感じた時に手にする香りだ。年に何度かしか付けないけれど、その何度かはこの香りでなければ絶対だめだという手合いの。
このオード・トワレは、1995年にアニック・メナルドによって作られた、ジバンシー初のメンズ・オリエンタル・フレグランスだ。公式サイトでは、XERYUSという言葉を「ギリシャ神話に登場する神秘的なXから始まるゼウス神に象徴される、カリスマを持った男性を表現」としているが、英語やフランス語のサイトを調べてもどこにもこんな単語はなく、おそらく神っぽい名前の造語だろう。ちなみに、英語では「ゼァリアス」、仏語では「グゼハユース」と発音するので、「キセリュズ」という日本語表記も、出自が不明な怪しいネーミングだ。
そんなキセリュズ・ルージュのトップは、甲高く温かみのあるシトラスに、咳止めシロップのようなチェリー系リキュールテイスト、そこにペッパーや唐辛子の、鼻がムズムズするようなホットスパイス香がかぶさり、混然一体となって押し寄せてきて、ガツンと拡散する。
ここで嫌う人は嫌うだろう。「あ、さすがにメンズだな。きついな。スパイシーすぎるな。」ただ、好きな人はもう、このトップからいきなり鼻を奪われる。それほどこのトップは不思議な魅力をもっている。
フルーティーで、洋酒っぽくて、スパイシーで、ドライで、熱を帯びた香り。それがキセリュズ・ルージュのトップだ。トップの香料には、キンカン、カクタス(サボテン)、タラゴンなどがクレジットされているようだが、それはちょっと眉唾だ。どちらかと言うと、キンカンのリキュールに、コショウと唐辛子をくしゃみがしそうなほど放り込んで、トンカビーンのファッティーなナッツの香りをちょっとばかり添えた、といった感じのオープニング。あえて言えば、シャネルのアリュール・オム・スポーツの香りが、この香りに酷似している。名調香師ジャック・ポルジュの方が後発だけれど。
その後、10分もすると、アニック・メナルドの調香の本領発揮とも言うべき、至福のミドルが訪れる。キセリュズ・ルージュは、比較的彼女の初期の作品のようだが、ヒプノティック・プワゾンであれ、ロリータ・レンピカであれ、ブルガリ・ブラックであれ、彼女の作るフレグランスには、ミドルに特徴的な暗さがある。それは、この作品でも同じだ。
ミドルに入ると、しびれるようなホット・スパイスの香りが上の方で鳴り響きながら、下の方からゆっくりと、甘く、苦みのきいた黒い香りが浸出してくる。それは、アニスのようであり、リコリス(甘草)のようであり、どこか漢方薬系のギリギリとした強い香りだ。さながら、心の奥底では誰に対しても心を許していないことを暗に漂わせているような、「拒絶」的な香り。おそらくある種のタバコノートっぽいスモーキーなベースによるものだと思う。これもクレジットにはない香料だろう。
そんなくぐもったビターな香りが何時間も続く。日によっては、6〜7時間。スプレーした場所によっては、次の日まで香っていることも珍しくない。くれぐれも、人混みに出ることが前提のときには、付けることの是非を真剣に検討してほしい持続力。
やがて、ラストになると、ほんのりとしたアンバー様の甘さを伴いながら、ムスキーに変化していく。かつては、サンダルウッドの香ばしさとシダーのウッディさが心地よかったようだが、香料規制後、マイナーチェンジした現在の物は、ラストがほんのり甘いムスクといった印象の強いエンディングだ。
この手のスパイシーでホットな香りは、通常、秋〜冬に似つかわしい部類のものだろう。ただ、ひねくれ者のせいか、どうしてもときどき、無性に恋しくなるのが、シャネルのエゴイストやこうしたキセリュズ・ルージュの類だ。フレグランスは、そのときどきの心の状態によって、選ぶ物が異なる。心がストレスで疲れているときは、シンプルでスッキリした香りを選びたくなるし、逆に快活な気分のときは、複雑で変化に満ちた重層的な香りを選ぶパワーがある。では、キセリュズ・ルージュのような、熱く、乾いていて、スパイシーな香りを選ぶ己の心の状態とはいかがなものだろう?
きっと今の自分は攻撃的なのだ。自分に負けそうで、強烈に自己主張したい気分なのだろう。そんなとき、「どっからでもかかってこいよ」と吐き散らす代わりに、「神の赤」は、心にふきだまった思いを静かに放熱してくれる。
熱いスパイスの風、キセリュズ・ルージュ。戦う者に。己の深淵を見つめる者に。
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