




















2018/10/20 17:51:17
人恋しさに、あの人会いたさに、想いこがれる秋の夜は、純白のウエディングドレスさながらのうっとりするようなペンハリガンのガーデニアの香りに包まれるといい。
ペンハリガンのガーデニアは、1976年に誕生したガーデニア(クチナシ)のシングルフローラルのオードトワレだ。チュベローズ、ジャスミン、イランイラン、ガーデニアの花々に、スパイスとバニラを重ねた、クリーミーで悩ましい香り。いったんは忘れられた存在となっていたこの香りは、鬼才ベルトラン・ドゥショフールの手にかかってリファインされ、2009年にアンソロジー・シリーズとしてリリースされている。容量は100mlで定価は税込で2.3万円ほど。ただネットでは半額近くで取引しているところも最近では見られるので要チェックだ。
正直、このガーデニアにはしてやられた。香りこそ変化なく人工香料メインであるものの、数あるガーデニア系香水の中でも香料バランスが絶妙。そして人の心を惹きつける魔力をもっている香りだと感じる。さすがベルトラン。彼がラルチザンで創ったラペルトワなみのガーデニア香。さらには、シャネルのココマドやチャンス系に比べても負けない強い男性誘引力をも兼ね備えているように思う。
ペンハリガンのガーデニアをスプレーする。とたんに濃厚なジャスミン&チュベローズ系のホワイトフラワーブーケが強く空気を押し出してくる。甘くてしっとりしていてクリーミー。同時に背後からスッキリしたグリーンノートが広がってきて、全体の香調を引き締めている印象。この開幕5分のホワイトフローラルブーケのかぐわしいことといったらない。熱帯のフルーツのようなエキゾティックな甘さと乳製品のようなまろやかなコクをもち、そして男性の心を一瞬で奪うような妖艶な女性の色気も含んでいる。このフローラルブーケミックスは生花以上。あえていうなら、生々しい。ごめんなさい、参りました。なぜかそうあやまりたくなるようなしっとりしたグリーンフローラル。そんなトップ。
そしてそのトップの強烈なホワイトフローラルブーケが次第に柔らかくなっていくミドル。香りの変化はほとんどなく、香りじたいが引き波をたてながらゆっくりと時間の経過とともに柔らかくなっていく印象。ラストもまた然り。付けてから8時間たっても、まだ付けたところにうっすらとホワイトフローラルが漂っている感じの消え方。わずかに石鹸ぽいムスクの雰囲気は感じるけれど、全体の印象が確かにガーデニア。クリーミーで甘い。最初から最後まで肉厚な白い花の蜜の香りに包まれたままフェードアウト。
気を付けなければいけないのは付け方だろう。シングルフローラルながら本当に拡散力が強いので、この作品に関してはウエストより下に付けることを全力でお勧めしたい。くるぶし、ひざ裏、太もも、ウエストなどのお好みの場所に、左右1プッシュずつで十分だろう。それでも量が多いと感じる方は、ロールオンアトマイザーに移し替えて塗布量を調整するといい。
ペンハリガンのガーデニアは、ボトルこそカチッとしたこれまでの英国風ではあるけれど(リボンも立ってるし)、香りに関してはセンシュアルで男心を揺らめかせる甘く危険な香りだと感じる。久々の「あまりにいい香りなのでつい後ろからついてきましたええもしよかったらお茶でもいかがですかああすみませんそりゃそうですよねではせめてお名前とその香水だけでも教えていただけませんかそれとラインIDも」的な男に気を付けてほしいかもしれない香り。秋だからね、人恋しくて落ちてる人はたくさんいる。そんなときにこんなふんわりフローラルを纏った女性が目の前を通ったら、男たちの理性はあっという間に吹っ飛んでしまうかもしれない。いや失礼。俺は吹っ飛ぶ。香りにつられてついていったらごめんなさい。(←久々だな確かに。)
夏咲きのクチナシの木は、春のジンチョウゲ、秋のキンモクセイとともに「三大香木」と呼ばれるほど芳香の強い花を咲かせる。アジア原産のこのクチナシは海外に渡ってガーデニアと呼ばれ、欧米ではダンスパーティーに誘う女性へ贈る花として有名になり、プロポーズの時やウェディングブーケにも使われる幸福の花となった。花言葉も「優雅」「洗練」「喜びを運ぶ」などがあり、恋や愛の花としても知られている。ガーデニアの花の香りには、そんなたくさんのメッセージが込められているのだ。
クチナシの香り、メッセージ…。懐かしい歌のフレーズが浮かぶ。
「雨上がりの庭で クチナシの香りの…」
やさしさに包まれたなら、目に映る全てのものは愛のメッセージになるだろう。
2019/3/9 00:13:06
ランスタン・ド・ゲランEDTはかなり反則な香りだ。こんな香りをつけて女性に街を歩かれた日には、すれ違った男の心はざわつくだろう。もしかしたらすれ違いざまに振り返るかもしれない。あるいは怒り出すかも。前者はもちろん香りにときめいてしまうからだし、後者は「惚れてしまうからやめてくれ」と、歪んだ嫉妬心に駆られる可能性さえあるからだ。
そんな。まさか。そこまでの香りじゃないでしょう?そう思われるかも知れない。だが実際、ランスタンドゲランEDTをいい香りだと認識する男性は自分の身の周りでも多い。そしてそれ以上に女性ファンが世界中にいることでも有名な香りだ。ではなぜこれほどまでにランスタンは人気があるのか?パルファム、オードパルファム(EDP)、そしてオードトワレ(EDT)とそれぞれ香りが異なるランスタン。今回はその中でもフルーティーさに定評があるEDT、その人気の秘密に勝手にせまる。
最近はビーボトルに変わったが、ランスタンは厚底ガラスの旧ボトルの方が圧倒的にいい。淡いピンクオレンジのジュースカラーは夕暮れ空の柔らかな色合いで美しい。ほっとひと息つくような安息の空の色。そんなランスタンドゲランEDTをスプレーすると。
トップ。EDTはリンゴ系のみずみずしい香りが柔らかく広がってくる。このトップがとても印象的。酸味がなく、かぐわしいフルーティー。背後でマグノリアのこっくりした白い厚ぼったい花弁の香りがしている。リンゴ果汁を滴らせたような甘いフローラルがゆったりと花開く。
5分後、サンバックジャスミンのふんわりとしたコク、イランイランのわずかに暗い陰影、そしてエキゾティックなマグノリアの香りが明確になる。EDPの少し苦みを帯びたフローラルに比べて、EDTのミドルはクリアーでクリーミー、スッキリしていて透明感がある。ミドルのホワイトフローラルになっても、トップで感じたアップルの柔らかなフルーティーは続いており、とろけそうなハニー系の甘い香りも呈している。どこまでも心をほぐしていくようなミドルだ。
世にフルーティーフローラルは数あれど、これほどソフトなフルーティーで、しっとりとした雰囲気を漂わせるフローラルはなかなかない。ベースのクリーミーなヴァニラ、キラキラと光が明滅するような特別なアンバーの香りが輝きすら添えている。エステル系のリンゴの匂いがなり持続することで、EDPよりもジューシーかつ透明感あるマグノリア香を表現している。
ラストは少し甘い蜜の香りと甲高いアンバー、そしてクリーミーなヴァニラでフェイドアウト。このラストは女性が好みそうなグルマン系だ。全体にキリッとしたところが何もなく、とかくマイルド。時間は6〜8時間ほど柔らかく続く。
たぶん男性の多くはこういう香りに弱い。香水っぽさが少なく、薔薇のシャープさもジャスミンの濃厚さもない。けれど柔軟剤よりもはるかにふくよかで優しいからだ。男性が女性に求めるような甘さと柔らかさとクリーミーさと透明感が絶妙なバランスで出ているように思う。
ただ、あえて言うならランスタンはいい子過ぎる。そつがなく、きれいにまとまりすぎている。360度どの方向からシャッターを切られても影一つできないまばゆいスタジオで微笑むモデルさんみたいだ。可憐で可愛らしくいつも笑顔。そのせいか、心が闇だらけの懐疑的な自分からは、かなりあざとくも感じられる香りだ。
ランスタンは、ゲラン社が90年代に経営危機に陥り、メゾン存続の危機を迎えた際、紆余曲折を経て遂に外部から調香師を招いて作らせた香りだ。当時、エルメスのヴァンキャトルフォーブールで名声を博したモーリス・ルーセルに白羽の矢が立った。モーリスはゲランの秘伝ともいうべき「ゲルリナーデ」の技術に敬意を払いながらも、それまでメゾンが得意としていた「オーバードーズ&ショートフォーミュラ」を見直し、「輝くような一瞬の光」をイメージしてこの香りを創作したという。
この香りにふれる度、モーリスは調香するにあたって「引き算」の考えを大事にしたのではないかと感じる。それはゲランが大事にしてきたオーバードーズ(過剰投与)と反対の仕事だ。彼はゲラン秘伝のゲルリナーデの6香料、ベルガモット、アイリス、ローズ、ジャスミン、ヴァニラ、トンカビーンのうち、本作ではジャスミンとヴァニラしか使用していない。しかも量もわずかだ。こうしてあえてゲランらしさを破壊しつつ、新しい香料を加えてゲランらしい香りをリボーンさせたかのように思えて興味深い。
女性のまとう香りが男性の心に刷りこまれるのは、ほんの1秒あれば足りる。ランスタンドゲランEDTはその瞬間に賭けた香りだ。
すれちがいざま。ふわり秒殺。
2019/9/15 00:01:54
香水の歴史上、最も危険な作品といえばイヴサンローランのオピウムがまず挙げられるだろう。「阿片(アヘン)」というネーミングに絶対的にこだわったサンローラン。しかしその名前ゆえに各地でパニックや暴動に近い事件が多発したのも事実。それでも全世界で爆発的ヒットを記録し、1977年の発売以来、50年近くたってもいまだに売れ続けている伝説の名香オピウム。その官能的かつ退廃的なオリエンタルスパイシーな香りの中毒となった人は発売以来数知れない。
オピウムは、印籠型とされる特徴的な丸窓ボトルのパルファムと、縦長のシンプルなボトルのオードトワレが1977年に同時リリースされた。現在パルファムは作られておらず、オードトワレのみとなっている。このレビューもオードトワレの方だ。調香師は、後にディオールのプワゾンなどもブレイクさせた凄腕調香師ジャン・ルイ・シュザック。彼は、サンローランに中国王朝時代のオートクチュールコレクションに見合った皇后の香りの創造を託され、その危険で中毒性を感じさせるネーミングに負けない、強くて蠱惑的なオリエンタル系の香りを創り上げることに心血を注いだという。
では、この香水に一体どんな魔力が秘められているのだろうか?
オピウムを身に纏う。軽くスプレーしたとたん、レモン増し増しのコーラのようなスパイシーでフルーティーな香りがガツンと広がる。オピウムのトップは本当にコーラのようだ。慣れ親しんでいる香りだからだろうか。薬草っぽい樹脂の感じも、ベルガモットやマンダリンのシトラスに包まれて爽やかにはじける炭酸のようでとても心地よい。印象としてはかなりクラシカルで濃厚な部類。ゲランのシャリマーやエスティローダーのユースデューに近い系統。
5分後、さまざまなスパイスとフローラルのミックスが鼻を麻痺させるかのように広がってくる。まず感じられるのはカーネーションの香り、甘辛いクローブの匂いだ。そしてたおやかなローズ、誘うような白いジャスミンのふくよかさ。中でもスパイシーなカーネーションの香りがフローラルの中心となって広がってくる。なんという馥郁たるミドル。カーネーションとローズとジャスミンは、ベースにある樹液のくぐもった香りのようなバルサミックなノートの上に開いている。このバランスがとてもすばらしい。似たタイプで言うと名香シャリマーが挙げられるが、あちらはもっとべルガモットやヴァニラ、アンバーが強く、しっとりとしているけれど、オピウムはギリギリと乾いている。スッキリシャープなキレのあるオリエンタル、そんなイメージだ。
このバランスはすごい。昨今のシングルノートだのシンクロノートだの「あまり変化のない香料少なめ値段高めのニッチ香水」に慣れた方は顔をしかめるほどの出力の強さだが、この作品のミドルだけは何度もつけてじっくりと味わってもらいたい。オピウムの香料バランスは本当にすごい。薬草のようなくぐもった樹脂のノート、コーラのような甘辛い香り、キッチン香辛料のドライなノート、そして美しい花々とのコントラスト。人を酔わせ、快楽に誘い、そして、心地よい眠りへと誘う魔法の香り、そう、これは確かに麻薬の類だ。一度味わったらここから抜け出せないかもしれない。これぞ香水オブ香水。何年もかけて本物の調香師が何度も何度もバランスを調整して仕上げた最高水準の香りの十二単。音楽でいえば何だろう。弾き語り?バンド?いや、オーケストラフルボリュームの香りだ。
持続時間はなんと10時間をゆうにこえる。たったひとしずく、その手首の内側につけるだけでも、スパイシードライなコーラのようなフローラルが思いのほか優しくたゆたい続ける。もちろん香りじたいに好き嫌いはあるだろう。けれど、シャリマーやこの香りを知らずしてオリエンタル系香水は語るべきではない。そう思う。
ラストは美しい煙のような樹液のこんもりした香りとアンバーの甘さの引き波を引いて静かに消えてゆく。衝撃的な名前よりなお、あらがいきれぬ愛の経験のアフタープレイのように、静かに狂おしく心に爪痕を残す香り。
忘れたいことも、悲しすぎる記憶も、ただいっときの夢に身を任せて、波間をただよう一輪の花のように、ゆらゆらと揺れてたゆたう時間があっていい。生きてる時間は何かと辛いことが多いもの。せめて一人、煙のような美しい香りに身をまかせて、泣きたいだけ泣ける夜があっていい。二胡の調べ。胡蝶の舞。
サンローランがその人生を賭してなお「この名前でなければノーネームでいい」とさえ言い切ったほど惚れ込んで、どうしても出したかった香水。知らないなら覚えておいた方がいい。
それはイヴサンローランの魂。オピウム。
いろいろ試してみることが好きです。 基礎化粧品はミニマムに、メイクアイテムは気分を変えて使いたい。 特にこだわりが強いタイプでも、美意識が高いタイプで… 続きをみる