- doggyhonzawaさん 認証済
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- 48歳
- 乾燥肌
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[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(メンズ)]
容量・税込価格:100ml・17,600円発売日:-
2014/9/6 17:52:27
「お客様には、こちらがお似合いかと思いますよ。」
店員が取り出したのは、ヴォルール・ド・ローズ。黒箱から出された七角形のボトルの液体は、シャンパンゴールドにきらめいて美しい。
「バラ泥棒、という名の香りです。でも、たくさんのバラじゃなくて、つぼみのバラ1輪だけ、といった感じなんですよ。」
「え・・?バラ泥棒、ですか?」
真夏の正午。青山通りから少し入ったラルチザンの路面店は、ドアを開けているせいか、入り口近くは暑さが漂っている。エスニックなムームーを着た女性店員も、ほんのり汗ばんだ笑顔で、「バラ泥棒」を試香紙に吹き付けて手渡してくれた。
鼻先で揺らしたムエットから、キリッとしたドライな香りが立ちのぼる。辛口の白ワインのようなスッキリした芳香だ。確かに「バラ」という印象じゃないな。スパイシーという言葉になるけれど、香辛料系じゃない。バラの茎を手折ったときのような、青臭くてシャープな香り、といったグリーンなイメージだ。
不意に、記憶が滲出する。うす暗いベッドルーム。シーツの作るしわが、ぼんやりと夜の砂丘の稜線に見えた。その一端を彼女の白い指がつかんでいた。吐息。
「調香師は、ミシェル・アルメラックです。グリーンやウッディの香りの中に、一輪だけバラを置いているようなイメージなんですね。」
「確かに。バラという感じではしないですね。」
「ええ。パチュリをメインに、インセンスのような香りにバラが包みこまれている感じですね。」
「なるほど。これ、ちょっと肌にのせてみてもいいですか?」
「はい。こちらは、6プッシュくらいでちょうどいいんですよ。ひざ裏に2つ、ウェストに2つ、そして、腕の内側から斜めに2プッシュ。これぐらいでも大丈夫です。面でつけて、洋服のように身にまとう感じですね。」
「6プッシュ!?電車の中で香害にならないかな(苦笑)」
「香りじたい、とてもスッキリしているので大丈夫ですよ。」
そう言いながら彼女は、片手をかざして、俺の腕の内側にヴォルール・ド・ローズを1プッシュした。
バラの葉や茎のグリーン、濡れた土の茶色、低く重たいグレイの空模様、そんなイメージが、瞬時に色と映像を結ぶ。ほんのりフルーティーな酸味。かと思うと、あとはひたすら苦く辛いパチュリの葉の独壇場だ。じわりとくる清涼感は、樟脳のテイストのよう。でも、防虫剤まではいかない、ほどよいバランス。
「なるほど。これは湿度が高くても、気持ちがひきしまりそうですね。」
「そうですね。春から夏にかけてよく出ています。」
「ふつうベースで最後に香るパチュリが、最初から主張してくるのはすごい。このあとどう変わるんだろう。」
左腕から漂う、バラの茎を手折ったときのような苦みと辛み、一輪の蕾はまだ香りを漂わせてはいなかった。けれど訴えているのだ。「私を盗んだのはこの男」と。だから、茎や葉から、バラの香りのかけらを男の手に残そうとしている。それは、手折られたバラのラストメッセージ。
確かに、バラは盗まれた。
シーツをつかんでいた彼女の手。柔らかなウェーブが揺れ、白いうなじと肩のラインがせつなくゆがんだ。首筋を甘噛みしたときにもれた小さな嗚咽。
なぜ・・わかった?
「じゃ、これをいただきます。」
「ありがとうございます。では、おかけになって少々お待ち下さい。商品を準備させていただきますね。」
小さな黒いテーブルを前に座ると、まるでこれからフレグランス・プロフィラージュをされるかのようで、苦笑いがこぼれる。いくつかの質問をもとに、その人に合ったフレグランスを見つける香りのプロファイリング。まさか、それなしでも言い当てられるとは。
「お待たせしました。」
黒地にメタリックブルーのロゴをあしらった瀟洒なペーパーバッグを受け取り、夏の日差しに照らされた戸外へ向かう。
ドアまで見送ってくれた店員に礼を言いつつ、灼熱の路地を歩き始める。何だか、真夏に刑務所から出所した男みたいだな、そんなことを思いながら。でも、まんざら間違ってもいない。バラを盗んだのは、俺だ。
彼女の白いうなじに小さく残した赤い傷の形。それはあたかも、引きちぎられたバラのひとひらのように、残酷で美しい印。
パチュリとカンファーの香りの奥から、かすかなバラの香りが顔をのぞかせ始めている。「あなた、バラ泥棒ね?」また誰かに指摘されそうで、この香りを連れて歩くのは、ほんのちょっとスリリングだ。
表参道に出ると、たくさんの人が思い思いの方向に向かっていた。その流れの中を原宿駅へ向かって歩き始める。白い太陽はいよいよまばゆく、雑踏にまぎれた真夏の容疑者を、天空の彼方からあぶり出していた。
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