doggyhonzawaさんのBYREDO / Black Saffronへのクチコミ |
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- doggyhonzawaさん 認証済
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- 55歳
- 乾燥肌
- クチコミ投稿426件
2021/1/23 11:36:17
お前は誰だ?どこから来た?どこに行くんだ?で、一体、何のために生きてるんだ?
誰かの声が聞こえる。わからない。わからない。わからない。世界はあまりに広大で、残酷で、矛盾に満ちていて、常に混沌とした曖昧な色で自分の前に広がっているだけだ。
はっきり分かること。それは孤独ということ。そしてあんたが満足するような答えなど、まだ何一つ持ちあわせちゃいないってこと。
いらだち。怒り。心拍数UP。笑っている人間を見境なく消したくなる瞬間。鋭利なナイフ。心のとげ。内向きに突き刺さる。眠れない夜。グリグリ動く眼球。ピクピクする顔面。血を吐くような呼吸。
モウイヤダ…
そんなとき、静かにバイレードの香水に手を伸ばす。バイレードの香水は、かつて世界のどこにも自分の居場所を見い出せなかった男が作った、魂の彷徨の香りだ。
ブラックサフラン。黒いサフラン。そんな物はこの世界にない。それは存在しない物の象徴。カナダ人父とインド人母の間に生まれ、どちらの国にも明確に属せなかったベン。北欧ではジプシーのような異邦人、カナダでは色黒の中東系留学生と思われただろう。常に自己のアイデンティティーを異端視され続けたであろう過去。人々の静かな線引きと差別。スルー。そこにいても、いない者。絶対咲いていない花、ブラックサフラン。
だから、気持ちが沈んだときはブラックサフランをスプレーするといい。
ブラックサフランを付けてすぐに立ち上るのは、甘いベリーの香りとドライな干し草様の香り、そして透明感あるレザーの苦みだ。
ドライな干し草様のスパイシーは、インドのカシミール地方が有名なサフランの香り。赤い3本の雌しべだけを手摘みして、染料や料理や香水に使われる手間暇のかかる香料サフラン。スパイスの中で最も高価とされるサフランは、ベンにとって母の故郷インドへの心の旅だ。サフランの高貴な香りは、彼の母方のルーツへ魂を導く。
5分後、ほんのり酸味の効いた乾いたサフランのスパイシーが少しずつ減衰し、ミドルはレザーと甘いベリーのコントラストが明確になってくる。鉛筆の芯の匂いのような冷たいシダーっぽいウッディ香もかいま見える。しっとりしたレザー&ウッディがメイン。それは穏やかな黒い香りだ。暗くほの甘いレザーが思わせるのは、レザージャケット、ブーツなど。または、ヒンドゥー教の聖牛崇拝による牡牛のイメージだろうか。
このミドルがずっと長く続く。乾いた草の匂いは、サフランから温度を下げ、ベチバーの土っぽいドライも混じってくる。ほの甘いレザーの柔らかい香りが、心に穏やかに寄り添う。4〜5時間ほど続いたあと、そのままドライダウン。甘さとレザーと干し草の匂いを連れて。
ベンは心に浮かんだ「思い出の集合体」を香水に落としこむデザイナーだ。バイレードの香水も、特に初期の作品ほど、幼少の頃のインド的生活や思想を巡る旅を着想源にした物が多い。サフランはそんな幼少の頃、母の料理に欠かせなかったスパイス。そしてインドの聖なる象徴としても、彼の魂のルーツをたどるのに欠かせなかった香料だ。では、いったいなぜ「ブラック」を冠したのだろう?
黒い花。黒い香り。黒い服。黒いブーツ。黒い髪。黒い肌。黒い魂。
人が「黒」を選ぶとき、一般的には「自分を見ないでほしい」という暗喩が隠されていることが多い。人目に晒されることを極度に嫌い、周囲の暗さに溶け込みたい心理が無意識にあるとき、人は黒を選ぶという。また、不安や大きな悲しみを抱えているときに選ぶ色でもある。ベンの思いは、その中のどれかにあったのかもしれない。
人は見た目で多くの線引きと差別をしてしまう生き物だ。肌が白い、黒い。身長が高い、低い。痩せている、太っている。そしてそんな他人からの見た目の査定で傷つき、自分の色も味も匂いも自己否定してしまう人は多い。ベンの香水はそんなとき、心を守る。傷ついてズタズタになった心に黒いヴェールをそっとかけて、人目を閉ざしてくれるように。他民族で多文化な世界を渡り歩き、自身もまたプロバスケットボール選手の夢に挫折した男が、絶望の淵から這い上がって創り出したブランド、それがバイレードだ。自身のルーツをたどり、孤独と排他の暗闇から自分を光の中へ救い出した彼が創る作品は、静かで深淵で、そして目には見えない優しさに満ちている。
お前は誰だ?どこから来た?どこに行くんだ?で、一体、何のために生きてるんだ?
今日も誰かが自分を見る。そして目で問いかける。うっせえ、黙れ。てめえの知ったこっちゃねえ。”Not your business!!”
黒革のヴェールに包まれた魂の奥底から、ベンの乾いたサフランの香りがしている。
だから まだ自分 戦える
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