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2019/9/15 00:01:54
香水の歴史上、最も危険な作品といえばイヴサンローランのオピウムがまず挙げられるだろう。「阿片(アヘン)」というネーミングに絶対的にこだわったサンローラン。しかしその名前ゆえに各地でパニックや暴動に近い事件が多発したのも事実。それでも全世界で爆発的ヒットを記録し、1977年の発売以来、50年近くたってもいまだに売れ続けている伝説の名香オピウム。その官能的かつ退廃的なオリエンタルスパイシーな香りの中毒となった人は発売以来数知れない。
オピウムは、印籠型とされる特徴的な丸窓ボトルのパルファムと、縦長のシンプルなボトルのオードトワレが1977年に同時リリースされた。現在パルファムは作られておらず、オードトワレのみとなっている。このレビューもオードトワレの方だ。調香師は、後にディオールのプワゾンなどもブレイクさせた凄腕調香師ジャン・ルイ・シュザック。彼は、サンローランに中国王朝時代のオートクチュールコレクションに見合った皇后の香りの創造を託され、その危険で中毒性を感じさせるネーミングに負けない、強くて蠱惑的なオリエンタル系の香りを創り上げることに心血を注いだという。
では、この香水に一体どんな魔力が秘められているのだろうか?
オピウムを身に纏う。軽くスプレーしたとたん、レモン増し増しのコーラのようなスパイシーでフルーティーな香りがガツンと広がる。オピウムのトップは本当にコーラのようだ。慣れ親しんでいる香りだからだろうか。薬草っぽい樹脂の感じも、ベルガモットやマンダリンのシトラスに包まれて爽やかにはじける炭酸のようでとても心地よい。印象としてはかなりクラシカルで濃厚な部類。ゲランのシャリマーやエスティローダーのユースデューに近い系統。
5分後、さまざまなスパイスとフローラルのミックスが鼻を麻痺させるかのように広がってくる。まず感じられるのはカーネーションの香り、甘辛いクローブの匂いだ。そしてたおやかなローズ、誘うような白いジャスミンのふくよかさ。中でもスパイシーなカーネーションの香りがフローラルの中心となって広がってくる。なんという馥郁たるミドル。カーネーションとローズとジャスミンは、ベースにある樹液のくぐもった香りのようなバルサミックなノートの上に開いている。このバランスがとてもすばらしい。似たタイプで言うと名香シャリマーが挙げられるが、あちらはもっとべルガモットやヴァニラ、アンバーが強く、しっとりとしているけれど、オピウムはギリギリと乾いている。スッキリシャープなキレのあるオリエンタル、そんなイメージだ。
このバランスはすごい。昨今のシングルノートだのシンクロノートだの「あまり変化のない香料少なめ値段高めのニッチ香水」に慣れた方は顔をしかめるほどの出力の強さだが、この作品のミドルだけは何度もつけてじっくりと味わってもらいたい。オピウムの香料バランスは本当にすごい。薬草のようなくぐもった樹脂のノート、コーラのような甘辛い香り、キッチン香辛料のドライなノート、そして美しい花々とのコントラスト。人を酔わせ、快楽に誘い、そして、心地よい眠りへと誘う魔法の香り、そう、これは確かに麻薬の類だ。一度味わったらここから抜け出せないかもしれない。これぞ香水オブ香水。何年もかけて本物の調香師が何度も何度もバランスを調整して仕上げた最高水準の香りの十二単。音楽でいえば何だろう。弾き語り?バンド?いや、オーケストラフルボリュームの香りだ。
持続時間はなんと10時間をゆうにこえる。たったひとしずく、その手首の内側につけるだけでも、スパイシードライなコーラのようなフローラルが思いのほか優しくたゆたい続ける。もちろん香りじたいに好き嫌いはあるだろう。けれど、シャリマーやこの香りを知らずしてオリエンタル系香水は語るべきではない。そう思う。
ラストは美しい煙のような樹液のこんもりした香りとアンバーの甘さの引き波を引いて静かに消えてゆく。衝撃的な名前よりなお、あらがいきれぬ愛の経験のアフタープレイのように、静かに狂おしく心に爪痕を残す香り。
忘れたいことも、悲しすぎる記憶も、ただいっときの夢に身を任せて、波間をただよう一輪の花のように、ゆらゆらと揺れてたゆたう時間があっていい。生きてる時間は何かと辛いことが多いもの。せめて一人、煙のような美しい香りに身をまかせて、泣きたいだけ泣ける夜があっていい。二胡の調べ。胡蝶の舞。
サンローランがその人生を賭してなお「この名前でなければノーネームでいい」とさえ言い切ったほど惚れ込んで、どうしても出したかった香水。知らないなら覚えておいた方がいい。
それはイヴサンローランの魂。オピウム。
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シャネル N°5 ロー オードゥ トワレット (ヴァポリザター)
容量・税込価格:35ml・9,900円 / 35ml・11,550円 / 50ml・13,200円 / 100ml・18,700円 / -・11,550円 / -・16,500円 / -・23,100円発売日:2016/9/23 (2023/12/1追加発売)
2018/8/10 00:07:13
「あ、すごい。透明感があって甘いのにしっかりN°5の香りがする。」初めてシャネルのN°5ローをつけたとき、そう思った。今もはっきり覚えている。
2013年にシャネルの4代目調香師に就任したオリヴィエ・ポルジュが3年という歳月をかけてじっくりと作りこんだN°5の新しい形、それが水のような透明感をもつ新たな5番、N°5ロー・オードトワレだ。
試す前は少々冷ややかな姿勢でプレスリリースを追っていた感が否めない。映画にしても小説にしても、大ヒットした作品の続編またはサイドストーリーが作られる際には概してそうしたシニカルな視線がつきものだ。
それが見事にくつがえされた。シャネルN°5ローはすごい。1年使ってそう思う。その理由は次の3つだ。
1つめ。シャネルの「新時代のフェミニティ」を体現する透明感あるみずみずしいフローラルノートを提案していること。
5番と言えば希少価値の高いローズ・ドゥメとジャスミン、イランイランの濃厚なフローラルブレンドが有名だが、N°5ローでは最も入手しにくく高価なローズ香料がひかえめに感じられる。これはそうした天然ローズ香料がこの先供給の先細りすることも視野に入れて考えられた新時代のフローラルブーケなのだろう。このジャスミンとイランイランの配合には、どこか甘い蜜の香りも混じり、とてもバランスがよく美しい。インドールが効いたややアニマリックなシャネル独特のジャスミン、その下でわずかな暗いシェイドをつけるイランイランの低音との共演は見事だ。1秒ごとにふわりふわりと香り立ちが変わるトップ〜ミドルのフローラルブレンドに酔いしれてほしい。
2つめ。現代に安心して使える香料を駆使してN°5のレシピを徹底的に見直し、クリアーでウェッティーな香り立ちを両立させたこと。
これまでロー(水)という刻印をもつフレグランスの多くは、概してアクアノート、オゾンノートと呼ばれるような人工香料によるファセットが多く見られてきたが、N°5ローには瓜系の感じも潮の香りの感じも見られない。それでも十分に清らかでみずみずしさが随所に感じられる。これは賦香率をあえてオードトワレにしたことも関係していると思うが、トップのアルデハイドの拡散のあとに、わずかにペア―やライチを思わせるフルーティーさが垣間見られることがポイントだ。クレジットにはないものの、ピンクのチャンスで用いたマルメロの香りのように、こっくりとした甘さがジューシーさを伴ってフローラルに引き継がれている。これによってアルデハイド〜フルーティ〜フローラルへと香りがグラデーションしていく中で、果汁や蜜がしたたるような効果を上げているように思う。
3つめ。パウダリーとソーピーの絶妙なバランスで消え入るラストの美しさ。
本家5番のラストといえば、あたたかく包み込むようなサンダルウッド、ヴァニラ、ブルボンベチバーというウッディなエンディングが印象的だが、N°5ローではあえてサンダルウッドやベチバーを控え、ホワイトムスクとシダーのブレンドに置き換えた感がある。通常、ホワイトムスクというと、わずかにスチームしたような金属的なトーンがあって冷やかに感じられることが多いが、N°5ローのベースには温かく包み込むまろやかさがある。ミドルから続いているほのかな甘さがパウダリーに傾くか、ソーピーに傾くか、ムスク&シダーでうまくバランスをとっている印象。合成っぽさが感じられない穏やかさが秀逸。
トワレとは言いながら5〜8時間穏やかに香り続ける。付けてからの香料変化は次のような展開だ。
トップ。柔らかに拡散するアルデハイドの脂の匂い、イランイランの影のあるニュアンス。次々に揮発するシトラス分子のスプラッシュ。
ミドル。アルデハイドのきらめきの陰、ゆらゆら揺れるグリーンなローズと少し強めのジャスミン。甘くジューシーな水蜜と花の香り。
ラスト。とろけるようなハニー、クリーミーなヴァニラ、スーッと流れるようなパウダリー&ソーピーなホワイトムスク。わずかに温かみを添えるシダー。女性の肌にしっとりとした柔らかさ、優しさ、おだやかさを与える狂おしいベビーパウダーの匂い。
「水とかけてN°5ローと解く。その心は?」と問われたら、たぶんオリヴィエはニッコリ笑って答えるだろう。
それはどちらも貴女の日々の生活に絶対欠かせない物だと。
名香を1年に何度かドレッサーの奥から引っ張り出して秘密の暗号のように付ける時代は終焉したらしい。これからは毎日、好きな時に好きな場所に付けるべきだ。彼はこの作品でそう告げているようにも思える。
N°5ローはそんなオリヴィエ・ポルジュの自信が感じられる、女性なら誰しも1本持っていて損はない新時代の5番だ。
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[美容液]
税込価格:- (生産終了)発売日:2017/1/16
2017/12/6 13:42:51
コーセーのカウンターに行ったらサンプル貰いました。
サンプルなので、評価なしで。
カウンターで説明を受けました。
販売員さんが、右手の甲にこの商品、左手の甲には何も塗らず、その上にコットンに含んだ化粧水を一滴垂らしてくれます。
何も塗らないほうは化粧水が玉のように残り、こちらを塗った方は化粧水が素早く広がりました。
「ほら、この商品は後から付ける化粧水の効果を高めるんですよ」
違います。
この実験で証明できるのは、化粧水の表面張力が変わったということだけです(笑)。
どうして未だにこんな売り方をするように研修してるんですか、コーセーさん。
せめて「効果を高める」ではなく、「肌なじみをよくする」と店頭で言うように指導してくれないかなあ。
健康な肌なら、細胞間脂質という油が肌を守っているので、水をはじいて当たり前。
ブースターとか先行美容液と呼ばれるものは、アルコールで肌の油分を取ってしまったり(これはこれで肌に負担)、界面活性剤で水と油をくっつけたりして、水を肌の表面に広がりやすくする作用があります。
化粧水が肌の表面に広がりやすい。イコール、肌なじみが良くなる。とは言えますが、化粧水の効果が上がるとは違う話です。
これだけ水が肌に馴染むようにするには、それなりに界面活性剤が入っているんだろう、と思いました。
さて、成分の最初に
ライスパワーNo11があります。これは医薬部外品なので、有効成分をトップに記載してるだけなので、
多い順に、精製水、1,3-ブチレングリコール、エタノール・・・・・・
三番目にエタノール!?
界面活性剤ではなくて(いや、界面活性剤も入ってるんだけど)アルコールで皮脂を除去して水が「染みやすい」肌を作っている訳です。
角質層が厚くなって、肌がごわごわしやすい人には、こういうブースター、効果あると思いますよ。余分な角質も除去できるし、肌が柔らかくなって調子よく感じると思います。
アルコール配合のふき取り化粧水でメイク落として、乳液かクリーム塗る欧米のスキンケアと、理屈は似てます。
角質層の厚い人(主に白人)向けのケアです。
けどね。
ただでさえ角質層の薄い敏感肌は、使っちゃダメ。ゼッタイとは言わないけど。
染みるから。
コーセーの広告表示も解りにくいですね。
ライスパワーNo11は確かに、日本で唯一、肌の水分保持機能を高める、と認可された成分です。
開発したのは、香川県の勇心酒造という会社。
この成分を使えるように他社が契約を結び、
コーセーから米肌、肌極。
第一三共グループのアイム(これも香川県高松市の会社)からライスフォース(広告やたらと目にしますよね)。
勿論本家の勇心酒造からライースリペア。
など、ライスパワーNo11を配合している化粧品は色々出ています。
でも、ワンバイコーセーの広告ではライスパワーNo11を配合しているのはこの商品だけ、とミスリードさせるような表記になってます。
他社からクレーム来ないのだろうか。
ライスパワーNo11を始め、米発酵エキスには色々効果はあるのでしょう。だけど、どうしてブースター美容液にしたのかはよく分かりません。
口コミ見ても、低く評価しているのは敏感肌の人が多いですね。
私はアルコールフリーでライスパワーNo11が入ってて、尚且つお財布に優しい化粧品なら使ってみたいです。
繰り返します。敏感肌の人は気を付けて使ってください。
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2017/12/9 02:15:05
夜間飛行。それは厳格で苦みばしった冷たい香り。その一見ロマンティックに思える美しいネーミングとは裏腹に、危険で、ギリギリと奥歯をかむような緊張感を纏う者に強いる香り。ゲランの名香の中でも特に複雑でとらえにくく、混沌としてつかみどころのないフレグランス。それゆえ、1933年の発売以来、その秘密を完全に解き明かされることなく、今なおミステリアスに語り継がれる伝説の迷香。
仏名ヴォル・デ・ニュイ。サン=テグジュペリが発表した同名小説にインスパイアされ、彼の親友であったジャック・ゲランが創ったとされる。香りの特徴は、オリエンタルアコードとシプレアコードを拮抗させるという試みと、ガルバナムの過剰投与というアプローチが見られる点。正直言って、女性がうっとりするような要素はあまり見当たらない。自他に厳しい人や、孤独な魂の彷徨を感じさせるような気難しい香りだ。ここでのレビューは、ビーボトルに変わったオードトワレ(EDT)のもの。
夜間飛行を1プッシュする。すぐに広がってくるのはちょっとアルコールっぽさが強いアルデヒドの匂い。ツヤというかテリのような物が湿った土っぽいウッディにかぶさり、それを強く拡散させてくる。ギターのエフェクターで言えば、音色を響かせるコーラスといったところ。かなりクラシカルな印象のオープニング。
さらに下から、とれたてのインゲンマメのような青臭いガルバナムの匂いと、苦みばしったオークモス系の香りのミックスが立ちのぼってくる。パチュリの湿った土っぽさも絡んで、のっけからシプレのビターな香りがガンガン攻めてくる。やや金属的な清涼感も感じられ、夜間飛行の小説に登場するプロペラ機の冷たい鋼鉄の機体をも思わせる。
やがて5分ほどするとミドル。甘くかぐわしいウッディアンバーと、ややイランイランに似た低音のフローラルが攻めてくる。イランイランよりツンとしているこのフローラルはナルシス(黄水仙)のようだ。そこにオークモス系の苦み、さらにアニマリックなカストリウムのレザーっぽい匂いが混じりあって、かなりカオスなミドル。スッとすばやくかぐと、グリーン&アーシーな苦み、ゆっくりかぐと黄色いツンとした花粉の香り&動物的な匂いがよく感じられる複雑さだ。さながら郵便配達のパタゴニア機が突入していった黒雲の中。暴風雨を思わせる香料の嵐が吹きすさぶイメージ。
そんなミドルが1時間ほどすると、EDTは不意に美しく穏やかな白い世界に変わる。この劇的な変化がとてもきれいだ。わずかなヴァニラを伴ったアイリスルートのパウダリーな香りが静かに広がってくる。ほんのりサンダルウッドも混じって。ラストがオリエンタル系の余韻を残して終わり、色で例えるなら白の世界。残りわずかな燃料で、漆黒の暴風域から雲の上へ突き抜けたファビアンの飛行機が見た天上の世界を表現したかのよう。
このラストを味わう時、銀河の星々のまたたき、月明かりに照らされ、静寂の白い雲海をすべるように進む機体が思い浮かぶ。時折眼下の雲間に光る銀色の稲光。彼が乗った機体は、上司が待つブエノスアイレスの空港に着くことも、暁の金の光を見ることも叶わず、やがて夜の闇の底へと消えた。それはそれは美しくはかないラスト。
けれど、小説「夜間飛行」は、夜間の過酷な飛行に挑んだ操縦士のセンチメンタルな物語ではない。真の主人公は、彼らやスタッフを雇い、前人未到の夜間の飛行機運輸に確かな道をつけようとした支配人リヴィエールだ。一つのミスでも部下を解雇することを厭わない冷徹なまでの彼の姿勢。彼は、暴風帯に突入して連絡がとれなくなった操縦士ファビアンの帰還の可能性を最後の最後まで探る。が、それが叶わないことを知るや、「この失敗によって次の失敗はなくなる」と顔を上げ、次の便を出発させる指示を出す。哀しみを密かに夜の底に捨てて、ゆるぎない前進のための手を止めず。
ジャック・ゲランは、そんなリヴィエールの孤独な魂を思ってこの香りを創ったのではないかと自分は思う。パイロットとして何度も命懸けの任務についた親友サン=テグジュペリ。彼はまた、そんな任務を遂行させる立場の人間の、強く過酷な態度をも慮っていた。暗い地下室で常に孤独と向き合い、ただひたすらに己の理想とする香りを創造すべく孤軍奮闘していた調香師だったからこそ、ジャックは心が震えるほど彼に共感したのではないだろうか。
夜間飛行は特別な香りだ。年齢も性別も超えて、どこまでも自分の弱さと向き合い、己の心臓に常に刃を向け続ける者のために創られた孤高の香水。暗闇を切り裂く命のプロペラのごとく、常に前進し続けようと自らを鼓舞するフレグランス。太陽のごとき理想に向かい、夜明け前の漆黒の暗夜行路を、ひとり往く者のための香り。
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2018/10/27 14:47:51
「香水なんてシミを消すわけでもないし、肌にいいわけでもない。何の効果があるの?」コスメに機能を求める方は言う。そのとおりかもしれない。ざっくり言えば香水なんて香りをつけたアルコールだし。それでもあえて言う。香水はすごい。それはときに人の心や世界の流れまで大きく変えることがあるからだ。
ここに1本の有名な香水がある。細長い円錐形のすりガラスボトルに入った透明な液体。作品名はロードゥイッセイ(イッセイの水)。世界的デザイナーとして有名な三宅一生氏の最初の香水にして最大のヒット作だ。このオードトワレは、それまでの香水文化を大きく変えたといっても過言ではない。
ロードゥイッセイは、まず人の心を大きく変えた。「香水なんて派手だし、くさいし、嫌い」そう感じていた女性たちがこぞってこの香りを買うという現象を生んだ。もともとこの香水は、香水嫌いで有名だった三宅一生氏のブランド戦略として提案されたもので、当然ながら彼は最初は乗り気ではなかった。しかしどの服飾ブランドもイメージアップ戦略の一つとして香水を扱いだした流れにもまれ、遂にイッセイ・ミヤケの香水を出すことが決まったとき、彼は新人調香師に向かってこう言った。
「創るなら、ぼくを驚かせる香りであってほしい。それは例えば、自然の中で深呼吸しているような香り、水のような透明感のある香りだ。」と。
それを聞いた関係者は、みな首をすくめたという。「水の香り?そんなの作れるか。作ったとしても売れるわけがない。」だが新人調香師だけは違った。当時、カルバンクラインのエスケイプで大量に使用された新しい人工香料カロンを使えば、彼の厳しい要求に応えられるかもしれない。そう感じていた。
その調香師の名はジャック・キャバリエ。今でこそルイ・ヴィトンの香水部門の専属パフューマ―として世界的に有名な彼だが、当時はフィルメニッヒ社に入ったばかりの無名の新人だった。彼は試作に試作を重ね、1992年、今までにない新しい香りをこの世に誕生させた。それまで派手なフローラル中心だった濃厚な香水は日本のバブル崩壊と共に影を潜め、時代はこのあっさりとした優しい香りを全面的に迎えた。世界は緊縮財政に向かい、香水業界はこの香水のヒットをきっかけに、新たなトレンドである「水の香り」「オゾン系」「マリン系」「ユニセックス」へとシフトしていった。
そんな記念碑的な香りとなったロードゥイッセイ、どんな香りだろうか。
ロ―ドゥイッセイをスプレーすると、まず広がるのはユリの花のたおやかな香り。そこにシクラメンの低いしっとりした香りが混じってくる。トップからフローラルブーケ全開で、シトラスはない。水滴がしたたるような白い花の香りだけが漂う。そこにわずかにツンとした透明感ある匂いがする。うっすらと潮風のように吹き抜ける感じがあって、それでいて花の香りもするカロンという香料だ。
このカロンという香料物質こそ、このロードゥイッセイ最大の特徴。よくいう「メロンのような香り」と称される元祖「瓜系」の香り。カロンは1960年代にファイザー社で開発された人工香料で、もともとは洗濯洗剤の基材臭をマスキングする目的で研究されていたものだ。これが1980年代になって少しずつ香水に使用されるようになり、脚光を浴びた。ロードゥイッセイはこのカロンを多用したことで「みずみずしさ」や「しっとりした空気感」を表すことに成功している。そのため、オゾン様ノートの元祖とされる。
優しく穏やかな香り立ちに思えるが、実はかなり強い拡散力をもっているので、気を付けないと周りにとても迷惑をかける類だ。人工香料が多く使われているため、天然香料の多い香水に比べて香りがシンプルで透明感が感じられるというメリットがある反面、強い香りがずっと続くという特徴がある。付けた瞬間に鼻を近づけたりすると、頭痛をおこしかねないので付け方には注意が必要だ。ラストまであまり変化なくウォータリーな白い花のブーケが6〜8時間ほども続く。香水が苦手な方になぜかこの香りを好む人が多いのも特徴だ。今となってはこれに似た香りはたくさんあるが、26年前は本当に新鮮だった。まさにこの一滴がその後の世界を変えた。
大河も海も「一滴の水」の集まりでできている。三宅氏は常に「1枚の布」という素材勝負のデザインをし続けてきた。この香りから始まったオゾン系の「大河の一滴」は、今なお多くの香りを生み続けている。円錐型の美しいボトルは、エッフェル塔の上に満月が重なった姿と同時に、一滴の水がはじけた瞬間を表しているという。
ロードゥイッセイは、香水界の「大河の一滴」だ。たった一滴で混沌とした時代の空気を塗り変え、文化という水の流れを変えた美しい香りだ。
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