- doggyhonzawaさん 認証済
-
- 51歳
- 乾燥肌
- クチコミ投稿426件
2017/2/4 15:48:38
ヒプノティックプワゾンは、とても危険な香りだ。この香りを嗅いだ人は、その魅力にとり憑かれて偏愛するか、あるいは全力で嫌悪感を露わにするかのどちらかだという。まさに、毒にも薬にもなりうる妙薬。心のどこかでワーニングベルが鳴り響く。Fight or Flight? 足を踏み入れるのか、逃げるのか?ヒプノティックプワゾンは、理性の奥に潜む本能に、常にそう問いかける。
ヒプノティックプワゾンは、80年代にディオールを復活させた香りの立役者とも言うべき、プワゾン(1985)のシリーズ3作目にあたるオードトワレだ。プワゾンの大ヒットを受け、ディオールは、その後シリーズを加えていった。2作目に当たるタンドゥル(1994・現在廃版)を経て、ヒプノティックは調香師にアニック・メナルドを起用し、1998年にデビューしている。
ヒプノティック・プワゾン=催眠毒。英語でもフランス語でもどちらも表記は同じだ。再び世界中にプワゾンの中毒者を増やそうという強い意図が感じられるネーミングだ。それは、杏仁豆腐の香りを思わせるビターアーモンドと、まろやかなココナッツやジャスミン、ベースのスパイシーなヴァニラが心に残る香りだ。
ヒプノティックをスプレーすると、まずはじめに漂うのは、プラム系のフルーティーでダークな甘味と酸味。ちょうど、チェリーコークやドクターペッパーの一口めに鼻に抜ける雰囲気にも似ている。そしてすぐにツンとくるビターアーモンドエッセンスの香り。杏仁霜の代わりに杏仁豆腐に数滴入れる香料で、クリーミーさと粉っぽさが特徴の杏仁霜に比べると、刺すような苦みと独特の暗いコクがある。このトップは、上述のドリンクを薬っぽいと感じる方はすでに「あ、無理」ととらえるだろう。ヒプノティックはトップから明確に人を選ぶ。
3分後、ここからは、付ける場所やその人の体温、気温、湿度、その日の気分によって、感じられる香りがかなり異なる。つまり、日本語で言うところのシンクロノート。
例えばある日、それは杏仁豆腐の香りにペッパーのようなスパイスがきいた香り。それが長時間続く。暗かった甘さが少しずつ温かくなって、やがてセンシュアルなヴァニラとなって収束。
例えばある日、それはやや甘いジャスミンやココナッツの香りも漂わせたスパイシーなフローラル。シナモンのようなじわりと痺れるような香りをきかせたまま、甘くないヴァニラの香りで消失する。
また別の日、それは苦々しいアーモンドと暗いウッディの香り。お香のような凛としたスモーキーさをまとったまま、わずかにヴァニラのクリーミーさを伴ってドライダウン。
自分でさえこうなのだ。毎日、同じ場所に付けていても、その日の天候や気温、自分の状態で、感じられる香りがかなり異なる。ただ、共通項をくくり出せば、ビターアーモンドのギリギリした苦み、鼻がムズムズするようなスパイスの香り、そして、主張は強くないものの、一貫してベースに流れている優しげなヴァニラ。この3つは、強弱は異なっても、毎回感じられる特徴だ。そして、とてもドライ。ただ、出てくる甘さは人によって出力が異なるようだ。自分の肌は体温高めなせいか、あまり甘さは感じられない。人によってかなり香り立ちが異なる香り、それがヒプノティックだ。
作り笑顔。社交辞令。上司や同僚、周囲の知人への必要以上の気遣い。なんかそんなもの全部取り払って、ドライに生きたい。勝手気まま、わがままに過ごしたい。ヒプノティックはそんなとき、自分の逆立った神経を落ち着かせてくれるような香り。プワゾンがどこか蠱惑的な媚薬の暗さをもっているとしたら、ヒプノティックは、いつの間にかとげとげしくなっていた感覚を麻痺させ、リラックスさせてくれるような温かみをもっているように思う。
催眠とは、心地よく人を眠らせることではない。人の意識レベルを顕在意識から潜在意識レベルに誘導し、治療者の暗示のままに動かすセラピーの一つであり、悪用すれば相手を意のままに操ってしまえる危険性をもはらんでいる。だからこそ、心理的な悩みを改善する目的で行われる催眠療法(ヒプノセラピー)は、十分に訓練を受けた者によって行われなければならない。そういう意味で、日本ではまだまだ医学的治療法として明確に確立できていない分野である。
赤い蝋燭の火が目の前に灯される。凝視するよう指示される。穏やかな声が語りかける。やがて数字がカウントダウンされる。フロイトはヒステリーの研究で催眠を行う過程で、無意識と名付けられる深淵な存在を知るにいたった。
ヒプノティック・プワゾンは、とろけるような甘苦い毒。無意識の領域に染みてゆく誘惑。その暗示にかかるのは、あなた?それとも…。
- 使用した商品
- 現品
- 購入品