




























doggyhonzawaさん
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2025/3/16 10:57:46
太陽の輝きと地中海の風を香りにのせて。
ムッシュ・バルマンは、地中海の陽光とシトラスの爽やかさをボトルに詰めたような香水だ。1964年に調香師ジェルメーヌ・セリエによって初めて生み出され、1990年にはカリス・ベッカーによってリフォーミュラされたこの香水は、時代を超えた洗練と自然の美しさを体現している。この香りはシトラスの爽快さとハーバルな深みが絶妙に調和し、モダンでありながらどこか素朴な魅力をもつ香りだ。
この香水が生まれた背景には、ピエール・バルマンの「美」に対する哲学がある。1945年に設立された彼のブランドは、戦後フランスでエレガンスと気品を象徴する存在となり、50年代にはディオール、バレンシアガと共に「世界三大デザイナー」の一人となった。
バルマンはファッションだけでなく香水にもその美学を反映させ、ヴァン・ヴェール(1947)などの名作を輩出している。ムッシュ・バルマンはその中でも特に成功した作品。この香りは、地中海沿岸の自然美を表現したメンズ用香水としてデザインされたが、その香りの爽やかさから、女性にも人気の香りとなり今なお愛され続けている。
では、どんな香りなのか?
ムッシュ・バルマンをスプレーする。その瞬間、心地いい天然シトラスの風が吹き抜ける。レモンやベルガモット、そしてわずかなミント、それらが弾けるように広がる。確かに地中海沿岸の果実畑や、マーケットでバスケットに山と積まれた黄色いフルーツを思わせる芳醇なトップノート。広がりのある爽快感に包まれる。
2分ほどすると、少しずつローズマリーやジンジャーのハーバルが加わり、香りに奥行きと温かみが生まれる。さすがにクラシカルなオーデコロンのよさを踏襲している。黄色の次はハーブの緑が心地よさを演出する。
このミドルノートは、プロヴァンス地方のハーブ畑を感じさせる。午後の日差しを浴びながら緑のハーブ園を見渡して過ごすひととき。フランス料理でレモンやローズマリーを使った作品といえば「鶏もも肉のレモンロースト」がある。鶏もも肉をレモンとローズマリー、ニンニク、ハチミツでマリネしてオーブンで焼き上げる料理。そんなさっぱりとしたシトラス&ハーブに、心が解き放たれていくミドル。
ミドルの持続時間はそれほど長くない。1時間ほどすると、レモンの香りにほんのり乾いた草の香りが混じったようなベチバーが感じられてくるとラスト。最後はムスクやベチバーが香りを保留しながら、大地の温もりを感じさせるウッディな余韻を残し、夕暮れ時のなだらかなオリーブ畑を眺めているような平穏へと導いてくれる。
全体的にみると、トップからラストまで、シトラス&ハーブの爽やかなノートを基調にしながら、ベチバーの酸味と乾いた草感に引き継ぎ、自然なシトラスのまま終焉するような骨格になっているライトな香りという印象。確かにこれなら、女性でも普通につけられる爽やかさだ。
シトラスを基調としたライトな雰囲気は、ときに都会を颯爽と歩くスマートさを表現しつつも、どこかのどかで不思議な魅力をもつ香水に感じられる。そんなふうに「洒落ているのに素朴」というイメージが、南フランスのセートという街の姿にリンクする。
詩人ポール・ヴァレリーが「特異な島」と呼んだセートという町は、地中海沿岸でも特別な魅力を放つ場所だという。レンガ色で統一されたような市街地の屋根。朝早く運河沿いを散歩すれば、水面に映るカラフルな家々と静けさが心を癒してくれる。一方で夕暮れ時には、オレンジ色に染まった空と海が溶け合い、その中で潮風がハーブや塩気の香りを運んでくる。
セートではサン・クレール山から眺める景色も格別だという。眼下には運河とレンガ色の街並が広がり、その先には遠くまで続く青い地中海が見渡せる。カンヌやニースのように観光地ナイズドされた華やかさこそないけれど、緑の木々に彩られた自然で飾らない美しさが、このセートにはある。それは、ムッシュ・バルマンの自然体な美しい香りに重なる。
ムッシュ・バルマンは、心の自由と自信を与えてくれるようなまばゆい光の香りがする。地中海の太陽と、その恵みをたっぷりと受けて育ったシトラスやハーブの香りが、日常でも特別な場面でも、一瞬で気分を高めてくれる。まるで地中海の日差しと風を纏っているかのような感覚になり、自分自身にも周囲にもポジティブな影響を与える軽やかな香りだ。
太陽が輝く。潮風にシトラスの香りが流れてゆく。温められたハーブと土の香りがする。あなたが自然に帰ってゆく。地中海の香りを心にのせて。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。香水について細々とレビューしています。 最近はX(旧Twitter)でも時折つぶやいています。香水好き… 続きをみる