






















doggyhonzawaさん
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2025/1/17 16:31:14
琴。時のうつろいを奏でる日本の香り。
資生堂の「琴」は、時を超えた優雅さと静けさを纏う、日本の美意識を表現したオーデコロンだ。古都の夜明け、露に濡れた庭石に最初の光が差し込むように、その柔らかな香りは私たちの心に静かに寄り添う。
1967年に資生堂から誕生した「琴」は、シプレーフローラルノートを基調とし、和の情緒を感じさせる。その香りは、ゲランの名香ミツコを彷彿とさせるシプレの骨格を持ちながらも、より控えめで親しみやすい印象となっている。ボトルの金文字は、かの太閤秀吉夫妻が愛した「高台寺蒔絵」からインスパイアされており、その流麗な字体もまた安土桃山文化の勇壮な感じが出ていて興味深い。高台寺蒔絵には、特に秋草や楽器などのモチーフが多く用いられており、「琴」という名前もこの蒔絵の楽器散らし模様から着想を得たとされている。
そんな雅なコロン、琴。何より嬉しいのはその価格だ。80mlで1650円。え?ゼロが1つ足りないんじゃないかって?いやいや。そもそも香水は日常遣い前提&気に入った作品のリピートがその存在意義。だからこそ「安くていい香り」は本来必須条件。だから昨今の「どこの素人が調香したかも分からない何万円もする怪しいニッチ香水を無理して買ってボトル写真撮ってはい終わり」みたいなのは絶対本末転倒。そんなの豚に新宿伊勢丹、じゃなくて豚に真珠というものだろう。安くていい香りでたくさん使いたい時に使えてどこにでも売ってる。それこそが欧米感覚の本来の「いい香水」だ。
ではそんな激安オーデコロン「琴」とはどんな感じなのか?問題は香りだ。
「琴」の香りの旅は、清らかな小川のせせらぎのように始まる。トップノートでは、アルデハイドがきらめき、シトラスが若葉を揺らす初夏の風のように爽やかに広がる。そこに深緑のビターなモッシーノートが新鮮な生命力と古の記憶を呼び覚ますような深みを加える。ミツコやシャネルN°5などのかなりクラシカルな香水を研究したと感じられるトップだ。これはコロンのトップとしてはすごい。
3分もせず「琴」はミドルになる。シトラスとモッシーの揮発が過ぎ去るとすぐ、ガーデニアのクリーミーな甘さ、スズランのグリーン、水仙の黄色い花粉の苦味が重なり合ってパウダリーなベールに包まれてくる。このミドルで感じられるパウダリーが白粉のようにふわふわで甘く心地よい。ただ10分ももたない。「え?はや!」と声に出すほど高速弾きをして過ぎ去る。いくらオーデコロンでも、と思わず鼻を鳴らしたいミドル。
ギターの高速カッティングといえば、自分的には今は亡きミッシェルのアベフトシ氏リスペクトだが、琴の奏法にも鬼のような高速カッティングはあるのだろうか。それほどミドルはバカっ早。TMGEも真っ青。ガーデニアを基調としたふくよかでナイスバランスなミドルなのに。
そして15分くらいすると、いわゆる資生堂ベースとも言うべき「風呂上がりジャスミン高温仕様」のラストが訪れる。これはもう、クラシカルな資生堂香水のベースにはどれにも入ってるくらいの薄いジャスミン。この香りでドライダウン。わずかなモスのビターを連れて。
全体的にさすがに展開が早く、1時間以内に影も形もなくなるタイプ。もちろん香りだから見えないけれど。それでもトップからミドルの展開はよく練られていて、これはこれでミツコとシャネルのガーデニアを足して、かなり軽やかにしたスーパーライト級シプレといった風合いだ。そういう意味で、本当にコスパよくガーデニアのシプレーを楽しみたいという方には、おすすめしたい一品。
時代を超えて愛され続けてきた「琴」。その香りは、フランスの有名香水の様式美を取り入れながら、日本的な美意識を和音のように重ねてできたのだと思う。西洋の技巧と東洋の美学が出会う境界線で、この香りは心の琴線を揺らす。絶え間なくうつろう時の狭間で、強く、ときに儚く変化し続けるこの香りは、まるで心に響く旋律のように、一度纏えば忘れられない存在となるだろう。
静寂に包まれた古都の庭園。ステレオタイプなシシオドシの「コットーン!」という竹音が沈黙を破るとき、木洩れ日が差し込む苔むした石畳の小道には、花々の香りが漂い、風に揺れる竹林のそよぎが心を癒す。そんな中、茶室の方から琴の音色が聞こえてくる。竹林にかかる何層もの靄のように、笛や笙の音が琴の調べに重なる。
琴の香りは、は私たちの内なる雅を目覚めさせ、自分だけの静かな物語を紡ぎ出す箏爪(ことづめ)。
一音、一香、あなたの肌を奏でる、古都の琴。
いつもご覧いただき、ありがとうございます。香水について細々とレビューしています。 最近はX(旧Twitter)でも時折つぶやいています。香水好き… 続きをみる