doggyhonzawaさんのディオール / メゾン クリスチャン ディオール サクラへのクチコミ |
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- doggyhonzawaさん 認証済
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- 54歳
- 乾燥肌
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[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(メンズ)]
容量・税込価格:40ml・14,850円 / 125ml・31,680円 / 250ml・45,100円発売日:-
2020/3/28 21:43:17
花冷えの夜だった。「一緒に夜桜が見たい」とサクラが言ったので、彼女の誘いにしぶしぶ応じて、深夜の公園に繰り出していた。それでも、にわかに冷え込んだ夜気にあてられ、ぼくは来たことを後悔し始めていた。
そんな気持ちなどおかまいなしに、サクラは満開の桜を見上げながら、軽く鼻歌を口ずさんでいる。淡い光を放つ提灯が深夜の道行きをぼんやり照らし出している。「なあ、寒いからそろそろ…」そう言いかけたときだ。
「ね、ここにある桜って何本くらいあると思う?」彼女が見上げたまま言った。
「え…?そんな分からないよ。数百本ってとこかな?」
彼女の突然の問いの真意を探ろうと横顔をちらりと見る。サクラは夜桜を見上げて微笑んだまま、誰にともなく虚空につぶやいた。
「ううん。ここにある桜はね、1本しかないんだよ。この桜、全部ソメイヨシノでしょ?これ全部たった1本の木から増やしたクローンなんだよ。」
「クローン…?」
「そう。接ぎ木でね、人が増やして。だからみんな同じ木なんだよ。それで一斉に咲いちゃうわけ。」
驚いて空を見上げた。漆黒の夜空を埋め尽くすように、白く艶めかしい花が咲き乱れていた。不意に桜の花に襲われるような感じがして足をとめた。どこか苦味のある鋭い花の香りがした気がして、立ちくらみしそうになった。
「どうしたの?」
「あ、いや…なんか桜の花の香りがすごいなあと思って」
「桜の香り?…それあたしがつけてる香水じゃない?これ。」
そう言って彼女は左手首をぼくの顔の前に差し出した。ふんわりと柔らかくて、スッキリした苦味の混じった白い花の香りがした。
「あ、そ、そうかも。」
「これ、ディオールのサクラっていう香りだよ。いい香りでしょ?」
「あ、うん。そうだね。」
「でも気付いてなかったよね。いつも。」
「え?」
彼女は後ろ手にバッグを抱えたまま、ゆっくりとぼくの前を歩き出した。そして言った。
「ずっと…気付いてないよね。あたしが髪を切っても、どんな可愛い服を選んで着ても。で、もっと関心をもってほしくて香水をつけてても。あたし、いつもこの香水つけてたんだよ。この2年間。」
急に呼吸が浅くなった気がした。どこかにとんでもない忘れ物をしてきたような気がして。
「2018年発売。調香師はディオール専属のフランソワ・ドゥマシー。彼が日本の桜を見て、小さな白い花が何千もの木に咲き乱れている息を飲むような光景に圧倒されて作った香り。」
突然の独り言に二の句がつげないぼくの気配を確認して、彼女はさらに続けた。
「トップはグリーンノート。若葉の頃。ハートノートは日本の桜の香りをメインにジャスミンとローズ、それにきらめきを与えるヘディオン。花盛りのイメージ。そしてラストは…」
息苦しくなっていた。なぜ今そんな香水の説明なんて…、それよりさっき彼女の手首の香りをかいだときに、ブレスレットの隙間からのぞいていた真新しい傷…、あれは、まさかサクラ…。
「ラストは黄色いミモザ、紫のスミレ、そして石鹸のように消えてゆくホワイトムスクのアコード。それは春の訪れ。」
「サクラ、いったいどうしてそんな…?」
「急に香水の説明なんかするのかって?」
「いや、それもだけど、さっきの…」
手首の傷、それはためらい傷じゃないのか?その一言が言えない。言葉がのどの奥でつかえて胸がつまった。
「だって、知らないでしょ?あたしのこと。香水とかすごく好きなことだって」
「…え?そうだったんだ。ごめん、ぼくは…」
「ねえ、あなたは、いつも誰のことを思ってるの?」
「…えっ?」
「知ってる。あなたの中に、誰か忘れられない人、いるよね。あなたはずっとその人のこと見てる。あたしといても。こうして桜を見てても。」
不意にざあっと一陣の風が吹いた。漆黒の夜空に花吹雪が舞った。前を歩いていた彼女が振り返り、寂しそうに微笑んだ。
「あたしはその女(ひと)のクローンじゃないよ」
そのとき、ぼくははっきりと見た。幾千もの桜の花びらが雪のように降り注ぎ、その花弁の山にうずもれてゆくサクラの幻影を。それは一瞬の幻視なのに、どこまでも残酷に美しく、心に突き刺さった。
ふと我に返ると、もうそこに彼女の姿はなかった。ただ、どこまでも清らかで儚いうす桃色の香りがしていた。それは、スモモのように爽やかで、杏仁のように白く苦く、ふんわりとした淡いジャスミンのような香りだった。いつも隣で笑ってくれていた彼女のように優しく、それでいてどこかしらスミレのように影があり、どこまでもまっすぐ清楚な香りだった。
それはディオールのサクラの香りだった。
サクラの 匂いだった。
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