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2019/4/6 15:11:19
「香りなんて嗅ぎたくない。匂いなんてうんざり。世界が無臭ならいい。」もしそう感じているとしたら、申し訳ないが貴方の心は黄色信号かも知れない。なぜなら五感の中で嗅覚こそが最もダイレクトに本能や第一次欲求と結びついているからだ。香りや匂いを拒絶する状態は、自身の本能的な欲求「食事・睡眠・性欲」を面倒に感じ、心の抑圧状態が進んでいることを示唆するとも言われている。
人は本当につらくて悲しい時、身体の調子が悪いとき、香りや匂いを敬遠したり拒絶したりするものだ。言いかえれば、香りや匂いを楽しめている状態は心や体が積極的に外界の情報をインプットしようと外に働きかけているいい状態であるとも言える。香りの感じ方は心の健やかさのバロメーターという側面をもつ。
春、4月は特に新しい環境や変化が多い時期だ。年度の始まりは激務にさらされ、心身が極度に疲れやすいときでもある。心と顔は知らず知らず暗くなる。そして色をなくす。そうなったらどんなにいい化粧品を顔に塗っても無駄だ。顔と身体は心とつながっている。心をケアしなければ顔に生気が戻ることはない。
色をなくした心には3つの水が効く。それは涙と汗と香水だ。哀しければたくさん泣くといい。涙は心を静かに落ち着かせる。次に外に出て散歩をしたり、スポーツしたりして汗を流すことが大切だ。つまりいったん自分の中の黒い毒をアウトプットすることが重要だ。身体のデトックスができれば、心は少しだけ柔らかくなる。そのあとで自分が心地いいと思う香りを探してかいでみるといい。香水でなくてもフルーツや食べ物の香りでもいい。「いい匂いだ」そう感じたとき、落ちた心はまた一段階ギアを上げられるはず。
そんなときにお勧めしたいのが、エタ・リーブル・ド・オランジュ(「オレンジ自由国」以下ELDO)の「コロン(あぁ、いい香り)」という作品だ。コロンという名前なのに和訳が「あぁ、いい香り」で、オードパルファム表記というのはどこか皮肉めいている。それはいったいどんな香りなのか?
「あぁ、いい香り」をスプレーする。(←わざと和訳だろ)トップ、透明感のあるグリーンノートが一瞬感じられる。すぐさまコクのある酸味が心地よいベルガモットの香り。そして苦みの強いオレンジの皮の香りが続く。かなり甲高い酸味もあるのでグレープフルーツかなと思いきや、クレジットによるとブラッドオレンジのようだ。違いは香りだけでは分からない。レモンのようにはじけるシトラススプラッシュなトップが爽やかだ。
3分もすると下からまろやかなフローラルが感じられるようになってくる。柔らかく包み込むようなオレンジフラワー系の香りだ。少しずつ減衰するシトラスミックスの下から、オレンジの花&ジャスミンのホワイトフローラルミックスが穏やかに香ってくるようになる。ミドルはこのオレンジフラワーとジャスミンが、アフターバスの入浴剤の残り香のようにふんわり香り続ける。
やがて1時間ほどすると香りはかなり薄れてくる。賦香率は12%なのでEDP濃度だけれど、実際に付けると、体温高めの自分の肌で1時間ちょっとしかもたないことが多い。ラストはわずかなレザー香を伴ってほの甘いホワイトムスクでフェイドアウト。香り立ちは終始穏やかだ。
ELDOの「あぁ、いい香り」は伝統的なオーデコロンのレシピを踏襲しつつ、トップにブラッドオレンジの酸味、ラストにわずかなレザーを効かせた作品だ。穏やかで春〜夏向きの香りだと思う。ただ50mlで1.3万円前後という値段はどうか。EDP濃度とはいえ、持続時間が短いこととあっさりした香り立ちなので、ここは判断が分かれるところだろう。それでもこんな柔らかい香りを1本は持っておくと便利だ。
春は心身ともに本当に疲れる季節だ。気がつくと心と体が沈んで動けなくなっていることもある。それでも世間はおかまいなしにタスク処理を要求してくる。動きたくない、食べたくない、眠れないの「3ない」になったら心は要注意だ。
心が辛くてたまらないときに効くのはジャスミンやオレンジの花の香りだ。これらは副交感神経を活発化させ、鬱症状を改善したり、精神性負荷を柔らげたりする効果をもつことが知られている。暗い心には白い花が効く。そこにリフレッシュ効果の高いシトラスをミックスすると、少しずつ心は切り替え方を覚え、自己回復していくようになる。
オレンジ自由国の「あぁ、いい香り」はそんなときに試してほしい香水だ。「あれもこれもしなくちゃ!」と激務に追われ、新しい変化で心と身体をすり減らして何も感じなくなる前に、薬のような香りをそっと付けてみるといい。
「あぁ、いい香り。」
もしちょっとでもそう思えたら大丈夫。貴方はまだもう少しいけるはずだ。
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2018/4/15 00:46:12
「アンデス山脈の風」を表現すべく創られた香りがある。それはフェギア1833から2010年にリリースされたソンダ・パルファムだ。
ソンダとは、南米大陸のアンデス山脈を越えてくる夏の偏西風の名前、ゾンダから来ている。それはアンデス西側のチリに雨をもたらし、6000m級の山々を越えて東側のアルゼンチンに吹き下ろす頃には、強烈に乾燥した熱風に変わる。いわゆるフェーン現象だ。そのため、広大なパタゴニアの大地は、5月〜11月にかけてゾンダの影響で乾燥が進み、半砂漠化している地域もあるという。
「フレグランスに足りないのは、確固たるアイデンティティーだ」創業者であり、調香も手掛けているジュリアン・べデルは、そう考えてフェギア1833というフレグランス・メゾンをアルゼンチンで興した。このソンダは、南米大陸の風土に思いをはせたデスティーノス・コレクションの中の1本。では、どんな香りかというと。
ソンダをプッシュすると、まず感じるのは、鼻がムズムズするようなインセンスっぽい香り。苦みがあってややスパイシー。フェギア1833のカタログによると、これはペッパーの香料のようだ。言われてみるとそんな気もするが、かなりお香っぽいアロマティック。通常トップと言われる香りだが、フェギアではこの付けた瞬間の香りを独自の解釈で、ロウノートとしている。
やがて5分ほどすると、香りは焦げ茶色のウッディ一色になる。ボトルの液体色そのもののイメージで、グアヤックウッドをベースにしつつ、シダーをフィーチャーしたミドルのようだ。フェギアの考え方によれば、シダーがミディアムノート、グアヤックウッドが最後まで香るハイノートということになる。このウッディミックスは、苦く深みのある低音だ。やや焦げたようなウッディ感が強い香り。ほのかに酸味を伴ったようなこのウッディが、大体8〜9時間続く。さすがのパルファム濃度。
そして気が付くと、ウッディが一段軽くなって香ばしい雰囲気になっている。グアヤックウッドってこんな感じだっけ?と思うほど、かなり人工的ウッディなラストだ。シダーの香りが消失したあとに軽くなったように感じたということは、シダー香料が今まで知っているタイプとは別物かも知れないと思う。通常、シダー香料だと、鉛筆の削りかすみたいな香りがするタイプを思い浮かべるが、このパルファムでは、低くて焦げたような感じの香りがする。これがシダーだとすれば、フェギアがボタニカル・リサーチで抽出した、パタゴニア独自の香料かも知れない。
いずれにしても。
このパルファムを構成している香料は、本気でたった3種類ほどしかないのでは?と思うほど、全体がシンプルな構成だ。トップのペッパー、ミドルの焦げたようなシダー、そして最後まで残る香ばしいウッドの香り。シトラス香料もなければ、フローラル香料もない。最初から最後まで、インセンス系の苦みが効いたウッディ。トップのペッパーは吹きすさぶ乾いた熱い風をイメ―ジしたのだろう。その熱風の後に浮かび上がるのは、巨大なアンデス山脈のシダーやウッドといったビジュアルか。
ソンダは、ドライで苦みが強めのウッディ・フレグランスだ。それでも思った以上にスッキリしているのは、スパイスが少ないせいだろう。こういう香りは冬にコートから香ると包容力を感じていいが、春先、急に気圧が下がって低温になった日にも使いやすいかと思う。男女問わず、キリッとしたウッディを探している方は一度試してみるといいと思う。どちらかというと、オンでスーツなどから香ると知性を感じるタイプの香りだ。
とはいえ、このシンプルなウッディ・パルファムが、30mlで13800円というのはちょっとどうかなという気も。フェギア1833の香水は、パタゴニアの大自然から抽出した稀少な天然ボタニカル香料が売りだが、一説にはベースにかなり人工香料が使われているとも聞く。そういった意味で、値段も含めてかなり好きな方向けな香りではあるだろう。華やかさや爽やかさとは無縁な、ドライ・ウッディな香りだ。
「嵐の大地」。イギリスの探検家、エリック・シプトンは、パタゴニアの広大な大地をそう呼んだ。南米大陸のコロラド川以南、南緯40度のアルゼンチンの平原は、西岸のアンデス山脈を越えてくる偏西風の影響で、年中強風が吹きすさんでいるという。
フェギア1833のソンダは、冬の間に湿った心の大地を一気に乾かしてくれる、ホット&ドライなアンデスの木々の風だ。
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2017/11/18 15:30:33
「この香りは、男性を虜にする」と少し前から巷で囁かれているフレグランスがある。それはフエギア1833のラ・カウティーバ。スペイン語で「捕虜」の意。ネットでは女性の名前と勘違いしている記述が多いが、残念ながら固有名詞ではない。ただ、南米パタゴニアの歴史では、先住民に拉致された「囚われの女」という叙事詩名としても有名だ。囚われの女、その名はマリア。彼女はある日突然襲ってきた先住民たちによって、他の女とともに拉致されたという。
新大陸発見以降、かの地に入植したスペイン人は、植民地化政策のため、先住民への迫害を行った。そしてそれに対するインディオの報復行動は各地で頻発し、スペイン人の家族を拉致して捕虜にする事件も起きたという。アルゼンチン〜チリにわたる広大なコロラド川流域にも、北アメリカ大陸さながらの迫害と抵抗の歴史があったのだ。
そんなパタゴニアの歴史や文化、人物、そして大自然のもつエネルギーを哲学的に香りで表現しようと2016年に創業されたパフューマリーがフエギア1833だ。
ラ・カウティーバは、50種類以上あるパルファンの中でも、特に女性に人気があるという。現在日本では、六本木のホテルグランドハイアット東京の1Fにあるブティックのみの扱いだが、ラ・カウティーバはよく品切れになっているそうだ。では一体どんな香りなのだろうか?
フエギア1833のスクゥエアなガラスボトルからスプレーする。わりと噴霧量が多いので、半プッシュでもかなり広がる印象。以前は紙ラベルを張っており、品名が手書き風の文字で書かれていたが、最近の物はガラスボトルに直接品名が印刷されている。スタイリッシュになった反面、文字と品名が読み取りにくくなったことと、印刷文字が削れやすい点は、今後変更してほしいところ。
ラ・カウティーバを付けた瞬間の香り立ちは、とても穏やかでソフトだ。あ、植物由来のエーテルだなとすぐわかる透明感。通常ツンとくるアルコール臭がなく、すぐにレザーのようなソーピーなような植物ムスクの香りが漂い、その下からクリーミーで甘い香りが漂ってくる。最初からヴァニラ混じりの甘いフルーツ香だ。ブラックカラントの表記があるが、そんな感じはしない。わずかに甘くて少しだけ苦みのあるさっぱりしたフルーティーな香り。それが何ともスッキリした優しいヴァニラに包まれて広がる。とてもフェミニンでセンシュアル。そして、大きな変化もなく3〜4時間ほどこの香りが続いていく。
ときにこのメインの香りは、焼きたてのパンにハチミツを垂らしたような匂いにも感じられる。また、バターたっぷりの焼き菓子にホットミルクを添えたようにも。はたまた、よく煮詰めて塩味を少し利かせたカリッカリのバタースカッチの風味のようにも。共通点をあげるなら、美味しそうなグルマン系のノートに近い雰囲気だということ。
ラストは、うっすらとした透明感のある香りで消えていく。わずかに甘味とクリーミーさを伴ったパウダリーなムスク香。人に気付かれるほどではないけれど、きれいなラスト。付けてから消え入るまで大体3〜4時間。パルファンにしてはとても短めだ。
全体的に香り立ちがとてもソフトで、拡散性も低いので、多少プッシュ回数を増やしても大丈夫なフレグランスだと思う。全て植物由来の香料かどうかはわからないけれど、確かにツンとくるようなきつさはない。これなら香水が苦手な方にも受け入れられやすいだろう。温かくて甘味とクリーミーさ、わずかなフルーティーさがあるので、どちらかというと秋冬向きだが、これを買った夏でもさほど重たくは感じなかった。ヴァニラにしてもムスクにしてもどこか軽やかで、まるでミントをあしらったかのようなスッキリした感じさえある。そういう意味では、柔らかくてさっぱりしたヴァニラ&バタークッキーといった風合い。そんな系統がお好きな方は試してみる価値があると思う。
1892年に発表されたデラ・ヴァッレの絵画には、先住民の男にさらわれてゆく白い肌の女性の姿が描かれている。彼女の名はマリア。その囚われた妻を助けるため、夫ブライアンは救出に向かうが、あえなくやられ深い傷を負ってしまう。見張りの一瞬のスキをついて夫を救い、共に脱出したマリアだったが、道半ばにして夫は荒野で息をひきとる。哀しみにくれたマリアは慟哭の果て、自身もまた静かに倒れ、夫と共に夜空の星となった。それがパタゴニアに伝わる「囚われの女」の物語。
どこまでも逆境に立ち向かった女性、マリア。彼女の姿を思うと、優しくて甘い香り立ちのラ・カウティーバの香りに、女性が見せる真摯な姿や強さも感じられてくる。
そんな凛とした女性からこのバター&ヴァニラな香りが漂ったら。
それは男性の心が囚われてしまうのも無理はない。
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2018/11/10 12:33:03
どうしようもなく落ちる日がある。わけもなく人恋しい夜がある。そんなときには、トム・フォードのチャンパカ・アブソルートの香りに包まれるといい。天然のチャンパカ精油を軸に、ワインやジャスミン、蘭の花などを添えたエキゾティックで甘いフローラルの香りだ。
チャンパカはインド・東南アジア原産の樹高が20m以上にもなるモクレン科の高木。春に細長い黄色の花をつけ、その馥郁たる香りはジャスミンやチュベローズ、イランイランを思わせる濃厚さだという。インドでは女神ラクシュミの化身として寺院の周囲に植えられ、インドネシアでは神への供物として捧げる「聖なる木」として大切にされている。日本では金香木と呼ばれ、招霊木(オガタマノキ)属であることから、こちらも縁起のよい木とされている。
アブソリュートの名のとおり、チャンパカの花からは天然の精油が採れるので希少だ。アロマテラピーでは東南アジアで生産された物がよく使われている。初めてチャンパカアブソルートの香りを嗅いだ時に懐かしく感じたのは、昔バリ島に旅行した際に島の至るところでこの花の香りを嗅いだことを思い出したからだ。適当にさすってるだけのような現地のアロママッサージで塗られたオイルの匂いも似ていた。プルメリアとかフランジパニ系の。
このチャンパカの精油にはリナロールが含まれている。だから心の鎮静作用や抗不安症作用が期待できるし、ネロリドールも含まれているので男性ホルモンの作用を促す働きもあるはず。男性がつけても、女性がつけても、男性の性的作用を促す力は感じられそうだ。
トム・フォードのプライヴェートブレンドの中では、いわゆるミドルの位置づけとして他の香りと重ねて楽しむフローラルノートの類。ではどんな香りかというと。
トップ。一瞬、ベルガモットの酸味。すぐさま洋酒っぽい香り。構成を見るとコニャックとある。確かにそんな感じで酔わせる酒の香りが漂う芳醇な開幕。
3分ほどしてエキゾティックな甘いフローラルが広がってくるのを感じる。イランイランを軽くしたような、チュベローズを少しグリーン系にしたような、ジャスミンのインド―ル(尿っぽさ)もあしらったような花の香りだ。南国風の白い花の香り。キンモクセイに似た杏っぽさも少し感じ取れる。ふくよかで甘くて、少しだけグリーン。そんなミドルが30分ほど続く。
おそらくチャンパカ精油は少ししか入っていなくてすぐに飛ぶのだろう。30分ほどすると合成ジャスミン&チュベローズ香に変わり、それが変調せずにしばらく続くようになる。このあたりになると、よくホワイトラムを入れた香水で感じられるエグミみたいなものが背後から出てくる。構成を見るとトカイワインという貴重な貴腐ワインのノートのようだ。嗅いでいるだけではそんなこと全くわからないけど。
そんなホワイトフローラル&ワインのミドル後半はバランス的には絶妙で、どこか心をほっとさせてくれる仕上がりになっている。正直トム・フォードの香りと対峙するにはいつも、どこか自分のテンションを上げてないと香りに負けそうな気がしてしまうと感じていたけれど、この作品は意外だった。ややスパイシーなれど、気持ちをリラックスさせてくれるタイプだ。調香師はロドリゴ・フローレス・ルー、ああそういえばこの方はネロリ・ポルトフィーノをブレンドした方だと思い出す。
持続時間はだいたい8〜9時間ほど。付けたところでゆったりホワイトフローラルが漂い、拡散性はそれほどでもない。ラストは石鹸の香りがしてくるのでほぼムスクだと思う。構成イメ―ジでは、ヴァニラ、アンバー、サンダルウッド、マロングラッセとなっているようだ。自分はムスクしか感じないけれど。
気持ちが何だかのらないな。そんな日は、朝にネロリ・ポルトフィーノなどのシトラス系を肌にのせて気持ちを上向ける。午後の物憂い時間には、チャンパカアブソリュートを上から重ねてひと息つく。夕方には、少し重ためのウッディヴァニラ、ノワールデノワールなどを重ね付けして夜の雰囲気に心と体をシンクロさせていく。そうすれば、1日の時間推移とともに香りと気持ちを変えられて少し落ち着く。実際、トム・フォード自身も朝から晩まで気の向くままに香りを重ね付けして、肌の上でどんな香り立ちになるか楽しんでいるそうだ。
どうしようもなく落ちる日や、わけもなく人恋しい夜には、チャンパカ・アブソリュートのエキゾティックな香りに包まれるといい。ラクシュミは富と幸運を司る女神だ。女神の愛の加護に包まれて、そっと憂いの瞳を閉じるといい。そして暗いスクリーンに映し出されるもの。
熱帯の真っ青な空の下、天高く緑の葉を広げた大樹。その枝先に咲いた何千もの黄色い花が、さわさわと風にそよいでいる。
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2018/10/27 14:47:51
「香水なんてシミを消すわけでもないし、肌にいいわけでもない。何の効果があるの?」コスメに機能を求める方は言う。そのとおりかもしれない。ざっくり言えば香水なんて香りをつけたアルコールだし。それでもあえて言う。香水はすごい。それはときに人の心や世界の流れまで大きく変えることがあるからだ。
ここに1本の有名な香水がある。細長い円錐形のすりガラスボトルに入った透明な液体。作品名はロードゥイッセイ(イッセイの水)。世界的デザイナーとして有名な三宅一生氏の最初の香水にして最大のヒット作だ。このオードトワレは、それまでの香水文化を大きく変えたといっても過言ではない。
ロードゥイッセイは、まず人の心を大きく変えた。「香水なんて派手だし、くさいし、嫌い」そう感じていた女性たちがこぞってこの香りを買うという現象を生んだ。もともとこの香水は、香水嫌いで有名だった三宅一生氏のブランド戦略として提案されたもので、当然ながら彼は最初は乗り気ではなかった。しかしどの服飾ブランドもイメージアップ戦略の一つとして香水を扱いだした流れにもまれ、遂にイッセイ・ミヤケの香水を出すことが決まったとき、彼は新人調香師に向かってこう言った。
「創るなら、ぼくを驚かせる香りであってほしい。それは例えば、自然の中で深呼吸しているような香り、水のような透明感のある香りだ。」と。
それを聞いた関係者は、みな首をすくめたという。「水の香り?そんなの作れるか。作ったとしても売れるわけがない。」だが新人調香師だけは違った。当時、カルバンクラインのエスケイプで大量に使用された新しい人工香料カロンを使えば、彼の厳しい要求に応えられるかもしれない。そう感じていた。
その調香師の名はジャック・キャバリエ。今でこそルイ・ヴィトンの香水部門の専属パフューマ―として世界的に有名な彼だが、当時はフィルメニッヒ社に入ったばかりの無名の新人だった。彼は試作に試作を重ね、1992年、今までにない新しい香りをこの世に誕生させた。それまで派手なフローラル中心だった濃厚な香水は日本のバブル崩壊と共に影を潜め、時代はこのあっさりとした優しい香りを全面的に迎えた。世界は緊縮財政に向かい、香水業界はこの香水のヒットをきっかけに、新たなトレンドである「水の香り」「オゾン系」「マリン系」「ユニセックス」へとシフトしていった。
そんな記念碑的な香りとなったロードゥイッセイ、どんな香りだろうか。
ロ―ドゥイッセイをスプレーすると、まず広がるのはユリの花のたおやかな香り。そこにシクラメンの低いしっとりした香りが混じってくる。トップからフローラルブーケ全開で、シトラスはない。水滴がしたたるような白い花の香りだけが漂う。そこにわずかにツンとした透明感ある匂いがする。うっすらと潮風のように吹き抜ける感じがあって、それでいて花の香りもするカロンという香料だ。
このカロンという香料物質こそ、このロードゥイッセイ最大の特徴。よくいう「メロンのような香り」と称される元祖「瓜系」の香り。カロンは1960年代にファイザー社で開発された人工香料で、もともとは洗濯洗剤の基材臭をマスキングする目的で研究されていたものだ。これが1980年代になって少しずつ香水に使用されるようになり、脚光を浴びた。ロードゥイッセイはこのカロンを多用したことで「みずみずしさ」や「しっとりした空気感」を表すことに成功している。そのため、オゾン様ノートの元祖とされる。
優しく穏やかな香り立ちに思えるが、実はかなり強い拡散力をもっているので、気を付けないと周りにとても迷惑をかける類だ。人工香料が多く使われているため、天然香料の多い香水に比べて香りがシンプルで透明感が感じられるというメリットがある反面、強い香りがずっと続くという特徴がある。付けた瞬間に鼻を近づけたりすると、頭痛をおこしかねないので付け方には注意が必要だ。ラストまであまり変化なくウォータリーな白い花のブーケが6〜8時間ほども続く。香水が苦手な方になぜかこの香りを好む人が多いのも特徴だ。今となってはこれに似た香りはたくさんあるが、26年前は本当に新鮮だった。まさにこの一滴がその後の世界を変えた。
大河も海も「一滴の水」の集まりでできている。三宅氏は常に「1枚の布」という素材勝負のデザインをし続けてきた。この香りから始まったオゾン系の「大河の一滴」は、今なお多くの香りを生み続けている。円錐型の美しいボトルは、エッフェル塔の上に満月が重なった姿と同時に、一滴の水がはじけた瞬間を表しているという。
ロードゥイッセイは、香水界の「大河の一滴」だ。たった一滴で混沌とした時代の空気を塗り変え、文化という水の流れを変えた美しい香りだ。
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