
- doggyhonzawaさん
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2019/10/19 18:07:33
この香りを嗅いだ瞬間、墜ちた。撃墜された。心が囚われてしばし真っ白になった。視線が虚空をさまよった。どこかで天使が笑っているような気がした。けれどそれは悪魔の嘲笑だったのかもしれない。
ゲランのアンジェリーク・ノアール(黒のアンジェリク)を初めて嗅いだときのことだ。今もはっきりと覚えている。それは黒の衝撃だった。バランスのいいゲルリナーデベースの上に、甘くてクリーミーで、わずかに苦いグリーンな香りがスッキリと広がっていた。そのバランス、その高貴な香り立ちに深く感じいった。
アンジェリークノアールは、ゲランの最高級ライン、ラール・エ・ラ・マティエールの最初の3本のうちの1本だ。2005年、このシリーズ最初の3本を作るために3人の外部調香師が招かれた。フランシス・クルジャン、オリヴィエ・ポルジュ、そしてプラダのキャンディなどを手がけたダニエラ・アンドリエ。彼女が作った香りがこのアンジェリークノアールだ。
価格は75mlで32000円+税。これまでこの価格がネックでもあったが、今後は20mlドロップが伊勢丹新宿店1F「ゲランパフュマー」でいつでも買えるようになる(10月23日以降)。これは嬉しいニュース。
では肝心の香りはどうかというと。
トップ。新鮮で酸味の豊かなベルガモットがまず感じられる。すぐにその下から出てくるのは透明でスッとするアニスの清涼感とスリリングなグリーン系のノート。さらに低音からはアンジェリクルート(根)のスパイシーな爽やかさが広がってくる。甘くて青くて、わずかに苦味が感じられるグリーンなトップ。ベルガモットとアーシーなアンジェリクルートの競演。拮抗。
ほどなくベルガモットの爽やかさは消失し、トップのフルーティーさを洋ナシ様の甘くコクのある香りが引き継いだなと感じると、香りはミドル。そしてアンジェリカの土っぽいスパイシー&ムスキーな香りと好対照を見せるようになる。さながら白と黒の二重唱。明と暗の妙なるコントラスト。
さらに、この甘くフルーティーな香りとベチバーっぽいベースを包みこむように、フローラルムスキーな香りが全体を包みこんでくる。ジャスミンとアンジェリカシード(種子)のムスク香だ。ややクマリン独特のキュンとくるせつないアーモンドノートも混じったような。ここまでくると、さまざまな香料の波状攻撃にあったような気分になり、何ともいえず穏やかな気持ちに包まれる。整理すると次のような感じ。矢印は変化を表す。
高音部:ベルガモットの酸味→ペアーの甘さ
中音部:清涼感のアニス、青いグリーンノート→花の香りのムスク
低音部:スパイシーな根の香り→コクのある苦いクマリン系ムスク
アンジェリクの名が示すように、アンジェリクルート(根)とアンジェリクシード(種子)が使われており、このアロマティックな香気をもつ香料が過剰投与されている印象が強い。アンジェリクの香気の主な特徴は、強いムスク香とハーバルな甘苦さで、根の方はベチバーにも似た土っぽいスパイシーさが感じられる。同時に、桜餅の香り成分である白いクマリンの香り成分ももっている。白を連想させる甘さ&ふんわりパウダリーな種子のムスク、そして大地の黒を思わせる根のスパイシームスク、この両方を使っているということだろう。
このミドルがしばらく続いた後、クリーミーなヴァニラ&トンカビーンのコクが感じられるようになるとラスト。付けてから5〜7時間で柔らかく消えてゆく。なるほど。ゲランの秘伝ベースであるゲルリナーデの構成素材をきちんとおさえた作り。ベルガモット、ジャスミン、ヴァニラ、トンカビーン。この4つのキー素材に、アンジェリカを据えてバランスをとった香水といった風情だ。
全体的に香り立ちはやや強め。ラールエラマティエールの中でもくっきり個性を主張してくるタイプだ。柔らかい香りではあるものの、思ったより周りに主張しているので、付けるならウェスト以下がおすすめだ。ゲランのヴァニラ系がお好きな方、ランスタン系がお好きな方には特におすすめだ。ランスタン系はソーピーでややツンとしたムスクに傾くのに対し、アンジェリクノワールのムスクは甘くしっとりしたパウダリーに広がる。
アンジェリクは、もともとはラテン語で「天使」を意味する言葉だという。だから、アンジェリクノアールは「黒い天使」という暗喩も効かせていることになる。
黒い天使。それは清らかな姿とは裏腹に黒い羽根をもつ堕天使のよう。その神々しい微笑みの裏に、したたかに折りたたまれた黒い翼をもつ者。その禍々しいまでの美しさ。光と闇を統べる善と悪の双眸。
もしもアンジェリークノアールに出会えたら、貴方は墜ちるだろうか?
堕ちた天使の狂おしい香りに。
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[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(メンズ)]
容量・税込価格:50ml・12,100円発売日:-
2020/2/22 14:35:12
参った。ゲームオブスローンズにハマってしまって大変だった。1話50分強の物語全10話で1シーズンが構成されているエログロファンタジー国盗りドラマ。ファイナルシーズン8まで一気に73時間ぶっ通しで見てしまった。こんな経験は初めてだ。もしゲームオブスローンズ(以下GOT)がコスメだったら、☆100個つけるだろう。
ただGOTは誰にでも勧められる作品ではない。R15指定であり、あまりの凄まじい展開は完全に見る人を選ぶ作品だ。そこに描かれるのは徹底的に作り込まれた中世ヨーロッパ風世界。残虐非道かつ、あらゆる種類の欲望がうずまくカオス絵そのものだ。そしてそれがリアル過ぎるだけに見る者を凍りつかせる。1話あたりの制作費に10億円をかけたと言われる比類なき海外ドラマ。だから一度見ると目が離せない。こんな作品はそうそうお目にかかれるものではない。
こんなことを熱っぽく語ると「何を今頃」と苦笑される方もいるだろう。「懐かしい」と思われる方も。それでも人生ですばらしい作品に出会うとき、いつ出会うかは問題じゃない。それは映像作品でも、本でも、香水であっても変わらない。
GOTの世界にどっぷり浸かっている最中、胸がしめつけられるような怒濤の展開が苦しくて、何か強い香りをつけたいと思うようになった。そこでこの作品を見ている間中、セレクトしていたのがモンタルの香水だ。中でもアロマティックライムは、この作品の世界観にとてもマッチしていた。
モンタルといえば、スプレーネックにチャームがついたアルミ缶ボトルが印象的な中東系ブランドだ。古よりアラブ王族が愛したウード(沈香・香木)を多用した香りを多く手がけている。正直、モンタルの香りを日本で上手に使いこなすのはなかなか難しいと思っている。特に香水が苦手な方からは「こげくさい!」と不評を買うことが多い。実際、アロマティックライムというとても爽やかなネーミングのこの作品も、香りは強烈だ。
アロマティックライムの黒いアルミ缶ボトルは、容量50mlボトルなのにとても小さく見えてしまう。それは、日頃から制汗剤などの大きいアルミ缶サイズに目が慣れてしまってるせいもあるだろう。アルミ缶香水は残念ながら安っぽく感じてしまう点は否めない。ただ、香りは一度嗅いでみる価値はある。
アロマティックライムを付ける。つけた瞬間「は?どこがライムじゃ?」と思わず突っ込んでしまうほどの焦げたウッディが鼻を直撃する。強い酸味、ガルバナムのグリーンな苦味、パチュリの強い土っぽさ、それらが渾然一体となって襲いかかってくる。それはまるでGOTの北部の森だ。物陰から一気に野人が襲ってきたかのよう。動物の革と人の体臭と焚き火の煙の焦げくささに、土と血の臭いが混じる。そんな香りが一気にたたみかけてくるトップ。
3分もすると、やや酸味が和らいで主張の強いウッディの骨格がより明確になってくる。ベチバー&パチュリの土っぽいスパイシー、そこにガルバナムとミルラの針葉樹系の清涼感のアコード。ここは冷たく暗い森だ。
トップから続く酸味はレモン様で、ライムというほど苦味は強くない。しばらく同じ酸味が続くので合成シトラスのよう。このシトラスの酸味と焦げた茶色のウッディ&土の香りがミドルとなって長く続いて減衰してゆく。4〜5時間ほど香り続け、最後には香ばしいサンダルウッドオイルの香りで終焉。
全体的にフローラルがないので、トップのシトラスの酸味以外は強いウッディ系香料の饗宴といった感じの香り。何しろパチュリとベチバーのウッディがこんがり焼けていて、そこに松ヤニのように樹脂系が香る感じなので、「ライム」という名前とはイメージの落差が大きいと思う。頭にターバンを巻いたアラブの大富豪から香ったら似つかわしいだろうけれど、日本人でこの香りを上手につけこなせたら上級者だろう。中東の雰囲気が強い香木を焚きしめたようなミドル〜ラストは、GOTで言えばナローシーの東、ベントスやミアなど奴隷商人の街を思わせる。
人が人の上に立って思い通りに世界を動かす。その黒い欲望には際限がない。GOTには征服した者たちの剣を溶かして作った「鉄の玉座」が権力の象徴として登場する。この玉座を巡る者たちの戦いがどこまでも禍々しく描かれている。
残虐で、奔放で、愚かで、虚栄心に満ちて、孤独で、何も知らないそれぞれの王たち。GOTに夢中になりながら、ずっとアロマティックライムの香りに包まれていた。
暗い森の焚き火の匂い、馬と狼と革の匂い、燃えさかる城と兵士の血の匂い。
モンタルのアロマティックライムはそんな匂いの狂想曲。それは玉座に座る者のための香りだ。
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Jo Malone London(ジョー マローン ロンドン)
[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(メンズ)]
容量・税込価格:100ml・40,150円発売日:2019/3/14
2020/4/11 12:40:15
紫は心が本当に落ちているときに選ぶ色。そんな話を聞いたことがある。カラー心理学の詳細は知らない。ただ自身の経験から言っても、そんな感じあるかもしれないなと思う。
最近の世情を反映してか、ここのところ、気分をリフレッシュするためのライトなシトラス香か、紫色を思わせるバイオレットやアイリス香を選択することが多かった。
そんな紫色の香りの中で、よく手を伸ばしていたのが、ジョー・マローンのバイオレット&アンバーアブソリュだ。
この作品は、店舗限定の最高セレクション「アブソリュ・コレクション」第二弾の香りとして2019年にリリースされた。これまでもティーシリーズなど高価格帯のコレクションや限定作品は多かったが、今回のポイントは2つ。1つはトップノートの香料を用いていないこと。もう1つは英国を象徴する花とアラビアンナイトをイメージした中東の香料の共演だ。価格は100mlで35000円+税。調香師はマスターパフューマーのアン・フリッポ。
英国人に愛される花、スミレ。そして中東を代表する甘くかぐわしい香料アンバー。ブランドいわく「アラビアンナイトを表したスミレの香り」。このスミレと樹脂の共演はどんな香りを奏でるのか?
バイオレット&アンバーアブソリュのボトルは、メタリックなディープパープルの塗料でキャップと上半分を染めたようなデザインになっている。1作目のローズ&ホワイトムスクアブソリュのときはメタリックなローズピンクだった。おなじみのスクゥエアなステッカーもあえて外した大胆な意匠だ。逆に言えば、ステッカーがなくとも、キャップとボトルのシルエットだけでジョー・マローンと認識してもらえるであろうという自信の表れともとれる。
そんなメタリックな紫のボトルからスプレーする。その瞬間、まず感じられるのは、酔わせるような洋酒の香り。アンバーのバルサミックな香りが強く主張してくる。その中から次第にやや土の香りを思わせるバイオレットリーフ、わずかな粉っぽいフローラルが感じられてくる。のっけから中東感満載だ。
とはいえ、ルタンスのアンバーのようにムッとくるようなアニマリックな雰囲気はないし、比較的スッキリしたアンバーだ。薬草のようなハーバルな感じに、コーラ系で感じられるスパイスを混ぜたような雰囲気。通常アンバーは濃厚で重たい香料なので、これらを揮発誘導させるにはトップに軽くて揮発しやすいシトラス系、特にベルガモットをもってくるとよく合うのだけれど、ここでは確かにトップ香料は感じられない。ただ、わりと爽やかにアンバーが感じられるので、逆に不思議な感じもする。
やがて3分もすると、薬草&樹脂なアンバー香の下から、パチュリ独特の苦味と黒さ、その上でかすかに白くパウダリーに展開するスミレの香りが出てくる。スミレというよりアイリスを感じさせるイオノンだ。それらがいい感じに主張し合い、中東っぽさはうすれ、柔らかいフロリエンタル風に感じられてくる。
ジョー・マローンといえばコンバイニング。重ねづけ推奨ブランドだけに、香料の厚みとしてはうすい。そして展開も付けてからあまり変化しない。イオノン系でもかなり暗めのウッディよりの香料が使われているように思う。わずかに酸味のあるウードっぽい香料もずっとベース音のように下で響いているので、スミレというよりもパウダリックアンバーといった感じの印象だ。
持続時間は4〜5時間。つけて30分もすると薬草っぽさやパウダリーな感じはうすれてきて、ウード調のベースとスッキリ甘いアンバー香がずっと続いていくイメージ。スミレというほどスミレはなく、バルサミックな香りが強めの作品。これなら35000円で特別シリーズにしなくても黒ボトルのインテンス系に加えてもよかったんじゃないかと個人的には思う。
それでも、この香りをつけていて感じる不思議なリラグゼーションは特筆に値する。この香りに包まれるとき、気持ちがおだやかになり、安らぎを感じる。心に思い浮かぶ風景は、中東の琥珀色の夕暮れ。砂漠の黄土の上に夜のとばりが降り始める。満点の星々が深紫の夜空に音もなくまたたき始める。そんな静寂のクロージングタイムに、今日1日つつがなく終えられたことを感謝したくなるような、おだやかで聖なる香りがする。
夜が来る。今夜も、明日も、よい日であってほしい。暮れゆく空の合間、琥珀色と深紫のグラデーションの間に、人は心の安息を願う一夜の夢を見る。紫の千夜一夜の香りとともに。
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2020/5/2 14:29:13
日本人が挙げる「世界三大美女」の一人、小野小町をイメージしたとされる香り。平安時代の六歌仙にして、その出自、容姿ともいまだ謎に包まれており、ミステリアスな美女として古今東西さまざまな逸話が語り伝えられている小野小町。
トバリはこのトワイライトロマンスを2019伊勢丹サロンドパルファムでデビューさせ、それ以後も伊勢丹新宿店限定にしている。50mlで13200円(税込)。まさに伊勢丹新宿シグネイチャーといった作品。ところがこの出来がすこぶるいい。
トバリはトワイライトロマンスを次のように紹介している。
「黄昏に染まる花々が織りなす“雅”の情景」
”雅やかな白檀、薄明かりの中に咲く金木犀と薄紅色の薔薇の美しさ。淡いロマンスのように心揺さぶるジャポニズムフローラルウッディの香り。”
結論から言うと確かにそんな香りだ。プラスティックっぽい固さがあるトップ。そこからクリーミー&フルーティーにラクトン系の甘い香りが広がる展開はキンモクセイ香水の特徴を表していてしっとり美しい。わずかにピンクローズの気配もする。ただそれだけではない。これは、とても切ない悲しみに満ちた孤独な香りだ。
トワイライトロマンスをプッシュする。瞬間、広がるのは甘い杏(あんず)の香り。そこにプラスティックやビニールを思わせるわずかなペトロノートが、キン!とはじくような冷たさで感じられる。甘くてフルーティーなトップに、影を落とすような金属的なスパイシー。この光と影のコントラストが明瞭なトップ。
3分ほどするとキンモクセイの主成分といっていいウンデカラクトンのフルーティーで甘い香りとクリーミーさが感じられるようになってくる。このミドルがすばらしい。先頃トバリの社長である橋本氏が某TV番組で最高のベルガモット香料を求めてイタリアに飛ぶ姿を拝見したが、このトワイライトロマンスに使われているキンモクセイも、もしかしたら中国南部、桂林にある世界的に有名なキンモクセイ天然香料生産の工場を訪れて交渉したのではないかと思ったほど。それほど印象的でまろやかなキンモクセイの香りだ。キリアンのグッドガールゴーンバッドのオスマンサスも軽やかなれど、天然っぽい複雑さと深みではこちらの方が上。
「赤黄色の金木犀の香りがしてたまらなくなって なぜか無駄に胸が騒いでしまう帰り道」
思わずフジファブリックの歌の一フレーズを口ずさんでしまう切ない夕暮れの香りだ。
この妙なるキンモクセイの香りがメインとなってミドルがずっと続くが、実際にはわずかにパウダリーなイオノンやアップルやピーチっぽいラクトン系も含まれているクリーミーフルーティーな香りだ。そして底の方にトバリ初期作品に多く使われていた酸味のあるウッディ、Hidden Japonism834もほんのわずか感じられる。(スモークフラワーとつけ比べ)
ただ、ラストは思いのほか早く訪れる。甘いキンモクセイフルーティーな香りが1〜2時間で消失し、その後はスッと力の抜けた淡いサンダルウッドと酸味ある乾いたウッディ香で終息。それは夕闇の中、部屋に灯りをともして焚きしめた香木の香り。平安時代、わずかな灯火の下、自分のために幾夜も通い続けてくれる思い人を待つ宵を思わせるラスト。今夜もあの人は来てくれるだろうか?そんな思いが儚い煙のように消えてゆく。全体で3〜4時間程度。
ウォーターリフレクション以降、トバリは新たなステージに入ったように思う。日本香堂とコラボした平安時代の香りを思わせるHidden Japonism834からいったん離れ、より日本らしさと天然香料がもつパワーを追求する方向に進んでいる気がする。トワイライトロマンスはその試金石だろうか。選びに選んだよい香料をメインに配置し、他の香料はそれを支える脇役に徹する。そんな強い思いがこの作品には感じられる。
夕暮れ空。山際を黒く染め、残照の赤が消えかかる頃。遠く近くたなびく霞。空の上方から、藍色の夜のとばりが下り始める。静かに忍び寄る孤独の気配。不意に胸が苦しくなる刹那。西の空にまたたく宵の明星。重ねてしまうあの人の面影。衣に焚きしめた赤黄色の花の香りだけが、夕闇の中、自分の存在を知らしめる印のように漂う。
かぎりなき思ひのままに夜も来む 夢路をさへに人はとがめじ 小野小町
”あなたへのかぎりない思いを抱える私に今日も一人の夜がおとずれ、私もまたこの思いのままにあなたの元へ参りとうございます。夢の旅路なら誰に咎められることもないでしょうから”
夢で逢うことさえ願う孤独と悲哀。人の夢の儚さ。思い人を待つ心にかかる夕月の色。
あの人に逢いたい。狂おしく思い焦がれる夕べにたなびく香り、トワイライトロマンス。
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税込価格:-発売日:-
2020/7/4 03:33:43
「東京ディズニーリゾートが4ケ月ぶりに再開。パーク内にゲストの笑顔があふれました。」
テレビが興奮気味にそう伝えている。男は寝ぼけまなこでそのニュースに目をやる。「あいつもこのニュース見てるかな。」ふと、離れて暮らしている娘の笑顔が心によぎる。洗面台の前に立って歯を磨く。ボサボサの頭。白髪が目立つようになった。歯ブラシを動かしながら、そうか、と初めてパークに出掛けた日のことを思い出す。もう20年もたったのか。
娘は3歳だった。ころころと丸い顔をしていた頃だ。初めてのパークに目を輝かせてはしゃいでいたくせに、でっかいリスが2匹、派手な動きで向こうからやってきたとたん、この世の終わりのように怯えて自分の脚にしがみついてきて大笑いした。それ以来、どのアトラクションに並んでもびくびく警戒モードに入っていた娘。まばゆい夏空。家族の笑顔。
ジャバジャバと冷水で顔を洗ってタオルで拭く。少しずつ意識が覚醒する。棚の香水に手を伸ばす。いつものブルードゥを取ろうとして、手が止まる。棚の奥にズーロジストのビーが見える。娘が去年の誕生日にくれたやつだ。たまにこんなのもいいか。そう思って手に取る。左右のウエストに1プッシュずつすると、去年の娘の電話を思い出した。
「パパ、これハチミツの香りがするんだよ。すごいよ!」電話口で興奮して語っていた娘。大学卒業後、一人暮らしを始めた彼女は、一緒に暮していた頃よりもまめに連絡をよこすようになった。
「最初はね、ちょっとお香がまじったような煙たい花の蜜の香りがするけど、だんだん体温であったまると、ほんとにはちみつー!って感じになるよ!つけてみてね!」
確かにそうだな。もらったときは甘すぎる気がしたけれど、今改めてつけてみると、トップから複雑な香気が立ち上ってくる。黒糖のようなロースティーな感じ、そこにほんのりオレンジの香りがするねっとりとした蜜の甘さが絡む。ただそれだけじゃないな。少しホットな辛みもある。これなんだ?そう思って香料イメージを確認する。
トップ|オレンジ、ジンジャーシロップ、ロイヤルゼリーアコード
ボディ|エニシダ、ヘリオトロープ、ミモザ、オレンジフラワー
ベース|ベンゾイン、ラブダナム、ムスク、サンダルウッド、トンカマメ、バニラ
そうか。これはジンジャーの辛みか。あーなんか、こういうキャンディーあったな。ハチミツとジンジャーがほどよくミックスされた…、あ、プーさんのとこでよく買ったキャンディーか。
初めてパークで遊んだ日、自分より何倍も大きなキャラクターの存在感に怯えきっていた娘を再び笑顔にしたのは、120分待ちでやっと乗った「プーさんのハニーハント」だった。巨大な本のオブジェの前で涙目の娘がしていた小っちゃいピースサイン。ずっとママにしがみついていた娘も、ポッドに乗っておちゃめなプーさんを追いかけていくうちに顔がほころんできた。そして、ボヨンボヨン跳ねたりくるくる回ったりするうちにすっかり笑顔になった。やがて、ハチミツまみれになったプーさんのところで「あ、はちみつのにおいだー!!」と叫んだ。
…そうだった。あの子、プーさんのとこでまた笑ったんだった。
袖を通した白シャツの胸元からふんわりとビーの香りが立ち上っている。さっきよりハチミツの香りが濃厚になったようだ。それでも結構重ためで、ミモザっぽいパウダリーな感じも、香ばしいウッディな感じも出て焦げ茶色の雰囲気になっている。これはプーさんのとこで何度も嗅いだ、甘くてスッキリしたハチミツの香りよりもずっと大人な蜂蜜香だ。そう思った。
あれ以来、何度パークに出かけたことだろう。どんなに混んでいても娘が必ず乗ったのはハニーハントだった。乗り終えた後はショップでキャンディーを買って、ポップコーンボックスにも、いつもハチミツ味を入れていた。そうか。だから…
PCでテレワークしながら、時折、ビーの香りをそっと嗅いだ。付けてから4時間、ハチミツの香りは穏やかなスイートになって消えていくようだった。最後はインセンスのような煙たさをもったウッディな雰囲気だな。そう思ったとき、ラインが入った。娘からだった。
「やった!再開したパークのチケット、とれた!!」
「え?マジか?」そのまま返した。喜んでジャンプしてるキャラスタンプがすぐに送られてきた。「よかったな!」そう打とうとして、ちょっと考えた。そしてビーのボトルを手に持って写真を撮って送った。
「今日、これつけてるよ!」
OKサインをしているかわいいプーさんのスタンプが、秒で送られてきた。
ハチミツは幸せの香り。ズーロジストのビーが、久しぶりに思い出させてくれた。
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