- doggyhonzawaさん 認証済
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- 56歳
- 乾燥肌
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2022/11/19 13:04:13
ある初冬の晴れた日、京都駅からバスに乗った。おめあては金閣寺。人生初。ついにあの黄金のモニュメントが見られる。そう思ってはやる心をおさえながら。
バスを降りて参道をのぼった。太陽が金色に輝いていた。受付を経て参拝門をくぐり、竹垣の小道を歩む。ドキドキしていた。あの足利義満が見せつけた権力の象徴。三島由紀夫の超絶言語で書かれた小説「金閣寺」の数々のシーンを思い出す。ついに松の木々の間から鏡湖池が顔をのぞかせた。もうすぐだ。もうすぐ金閣に会える。そしてついに…。
ピュアディスタンスのゴールド。この類まれな金色の香りを嗅ぐたびに、あの日のことを思い出す。もう10年ほど前だ。紅葉を終えた平日の京都は、どこかのんびりとして、冬の太陽に町全体が輝いていた。金の日差しが目にまばゆかった。
「香料は何を使ってもいい。最高の金色の香りを創ってほしい」。ピュアディスタンス(以下PD)のゴールドは、社長フォス氏の採算度外視、本物の作品重視の願いを調香師アントワーヌ・リーに託すことで2019年に誕生した。2年もの試行錯誤があったというが、その分できた香りは凄まじい。驚異の賦香率36%をほこるパルファム・エクストレ。軽く10時間は豊かに香る。17.5mlボトルで28,100円。日本ではPDジャパンよりオンライン購入可能。
このPDゴールドは「香水で作った金閣寺」だ。自分はそう思う。ではなぜ金閣寺なのか?
結論から言うと、PDゴールドの香りの3階建てピラミッド構造が、金閣寺の階層構造とシンクロしているからだ。
金閣寺こと鹿苑寺は3階建て。しかもそのつくりが階層ごとに異なっている。これを図に表すと次のとおり。
3F 仏殿造(義満の住まい)→日本の最高位「国王(上皇)」△
2F 書院造(武士の住まい)→武士の最高位「征夷大将軍」達成〇
1F 寝殿造(貴族の住まい)→貴族の最高位「太政大臣」達成〇
この特異なつくりは、絶大な権力アピールと同時に「貴族よりも武士が上」、さらに義満が自身を「国王」と名乗ることで天皇家よりも上であろうとしたという意図がうかがえる。
この階層をPDゴールドの香りにあてはめてみると面白い。
ゴールドをスプレーする。その瞬間、高濃度天然香料のふくよかな香りが一気に花開く。まるで狩野永徳が金色の雲で埋め尽くすかのように描いた「洛中洛外図屏風」。その中心には義満が建てた「花の御所」が描かれている、
ゴールドのトップは、この屏風絵のように金色の雲がうずまいている。まず感じられるのはベルガモットの豊かな酸味とコク、そこに寄り添うピンクペッパーの酸味。同時に多くの香料がもくもくと吹き上がってくる。シナモンやクローブのスパイシー。爽快なグリーンのラブダナム。これらが強く感じられる。まさにメタリックスパイシーなトップ全開。それは金閣寺の3階、全て金色に輝く唐様仏殿の香り。朝な夕なに日の光を浴びて、あらゆる方向に金色の乱反射を見せる最上階の威容。
3分ほどして、光の金粉のごとき酸味が和らぐと、花の香が感じられてくる。スパイシーを伴ったインドールジャスミンだ。花香は金閣の2階、書院造の床の間に飾られる生け花の趣と重なる。質素でありながら実用的な武士の館。その違い棚には当時、四季折々の花が生けられたという。酸味とスパイスとジャスミンの濃厚な香り、これらが黄金バランスで絶妙に香るミドル。この美しいミドルが3時間ほど続く。
やがて酸味もスパイスも雲散霧消し、ゴールドはめくるめく豊かなラストを迎える。この余韻が超絶いい。ほんのり甘くスパイシーな木の樹脂の香りが、柔らかな風の中にゆらぐ。この風は唯一金箔が張られていない金閣寺の一階部分。半蔀(はじとみ)を上げたオープンエアーの階。それは衣にお香をたきしめていた公家の屋敷の香り。ここには池を見つめる義満像と釈迦如来像が鎮座する。ミルラ、ベンゾイン、アンバー、ヴァニラが甘く香るウッディの饗宴。さらにほんのりアニマリックなカストリウムも混じり、義満の衣の匂いと上皇への欲望を思わせる。まさに地の香り。このオリエンタルなラストが7時間ほど続いて昇天。甘く切なく、鏡湖池に吹く風のようにたゆたう。
本当にPDゴールドは「香りの金閣寺」だ。そう思う。ついあの日のことがよみがえる。
松の林を抜けた。足早になる。鏡のような池が眼前に広がった。そしてついに金閣が…!
……なかった。その瞬間、体中が固まった。両目がただの穴になった。あんぐり開いた口がただの空洞だった。そこには「改装工事中」という看板と、全体をブルーシートに覆われた「何か」があった。
それは完璧な「ブルー閣」だった。そして限りなく絶望に近いブルーだった。
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- Cookieyukiさん
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- 53歳
- 乾燥肌
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2022/11/12 03:02:39
トップは小麦ノートとミルクノートだなんてとても魅力的。
私は自分でパンを焼くのだが、捏ねている時も焼いている時もいい匂いだと陶酔している。しかも焼く前のパン生地は表面がスベスベ、ムチムチして弾力があって赤ちゃんのほっぺみたいだ。それを指でツンツンしてひとりで喜んでいる。他人から見たら変態と思われそうだが自宅だからいいのだ。その幸せな香りが香水で味わえるなんてとウキウキ期待しながら肌にのせる。
ん?
ふわふわの優しい香りとこんがり焼けたカリカリのクラストのパンは何処に?
確かに小麦粉を使った食べ物の匂いがする。そして油分も感じる。しかしそれはパンではない。こんな風に感じるのは私だけかもしれない。焦る。これは高級ブランド、セルジュ・ルタンスだ。こんなこと言ったら絶対ファンにしばかれる。
でも勇気出して言う。
カリントウの匂いしない?
それはそれで好きだけど。
小麦粉を牛乳で練って生地を作って油で揚げて、熱いうちにコクのあるトロリとした黒蜜を絡めて乾燥させる。。普通カリントウには牛乳入ってないけどミルク感は多少感じるので無理やり加えてみた。ああ、考えるだけでお腹すいてきた。
カリントウの黒蜜の香りが穏やかになってきたあたりでリコリスの香りが強まった。リコリスの木の枝を嗜好品として売っているお店があって買ったことがある。マッチ棒の2倍ほどの長さで爪楊枝の4倍くらいの太さの枝が箱の中に入っている。それをガジガジかじって味わうのだ。ウッディで多少スパイシーな甘みが口いっぱいに広がる。噛んでいるうちに香りも口腔内から鼻に抜けていき、その時に風味や香りを感じるらしい。かなり写実的なリコリスの再現香だ。
ミドルノートはほんのりした温かみを感じるスパイス、ウッディなリコリス、なんとなく菊に似た薬草っぽいイモーテルの香りのバランスが良い。香りにオイリーな厚みを感じるのはココナッツか。ココナッツは取り扱いを間違えるとあからさまで幼稚な印象になりやすい香りだと思うが、ここではかなり洗練されて他の香料とよく馴染んでいる。パンだからバターっぽい香料を入れる手もありだけど、それじゃ食べたら一瞬でなくなるけど作ったら半日くらいかかるクロワッサンみたいなよそいきのパンになってしまう。家庭でお母さんが焼いたようなパンのイメージから遠ざかる。
ミドルノートでようやくパンらしき香りに落ち着く。パンは西洋人にとって家庭の象徴だ。今でもパンを家庭で焼く人も多い。セルジュルタンスは孤児だったそうだが、パンの香り→温かい家庭の香り→抱きしめてくれる母親の温もりという発想なのだろう。
これは完全に秋冬の香り。特に晩秋。ツイードのジャケット、セーター、ウールのパンツで公園を散歩する。落ち葉が厚く積もった森のなかの小道を歩く。葉の中に小枝も混ざっていて時々足元からパシパシッと軽い乾いた音がする。足の裏で時々ドングリらしき小さな球がムニュッと動くのを感じる。落ち葉の匂いとJeux de peauはとてもよく合うので自然の中を歩く時につけることにしている。
感心したのはラストノートがよく作り込まれていること。最近は買い手の心を掴むためにトップノートだけに力を入れてラストノートをないがしろにした香水が多くて残念に思っている人におすすめ。
パンの狐色のクラストの僅かに焦げた香ばしい匂い、サンダルウッドの香り、人肌によく似た匂いが立ち替わり入れ替わり現れる。肌の上で香りの鬼ごっこか?
今日もよく晴れた綺麗な秋空。Jeux de peauをつけて紅葉の公園を散歩。公園のすぐ近くにあるベーカリーからパンを焼くいい匂いがプーンと漂ってくる。フラフラと吸い寄せられていく。
あーあ、みんな美味しそう!買っちゃえ!
沢山買ってしまった。必要以上に。これをつけているとパンの匂いに敏感になって困る。本当のところはパンを買う言い訳としてつけているんだけど。
トップノート: 小麦、ミルク
ミドルノート: リコリス、ココナッツ、イモーテル
ラストノート: サンダルウッド、アプリコット、金木犀、スパイス、ウッディノート、アンバー
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- 56歳
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[香水・フレグランス(レディース・ウィメンズ)・香水・フレグランス(メンズ)]
税込価格:- (生産終了)発売日:-
2022/10/15 13:22:32
「うわ、めんどくせえ…」そう思う瞬間は誰しもあるだろう。自分なんか毎日だ。口にしたら終わりだと思うから言葉にこそ出さないけれど、しょっちゅういろんな「めんどくせー」が心をよぎる。
意図せず振られた仕事、偏屈な上司の果てしない説教、ママ友たちの終わらない愚痴…。「ああもう!そんなんどうでもいいわ、時間のムダ!」ついそう叫びたくなるような面倒くさいことや人が、世間にははびこっている。しかもそのほとんどにこちらは「笑顔で応対」しなければならない。そりゃストレスもたまるわけだ。
そんな「にこにこぷん!」なあなたに超絶おすすめの香水がある。セルジュ・ルタンスのアイリス・シルバーミストだ。この香水は、自称(笑)「香水の帝王」ことルカ・トゥリンが「想像を絶する不吉なアイリス」と珍しくイカしたキャッチコピーを捧げたうえ、最高評価を下していることで一躍話題となった香水。ではなぜこの香水が「めんどくせー」と思ったときにおすすめなのか?そこには3つの理由がある。
1つめ。この香水は「とてつもなく面倒な手間と膨大な時間を費やして、ほんのわずかしかとれない香料アイリス」の香りをどストライクで嗅げる香水であること。これがアイリス香。
2つめ。この香水は「他のアイリス香水がかすむような究極のアイリス香水を創ってくれ」というルタンスの超絶面倒くさい要望で生まれた香水であること。調香師、涙目。
3つめ。このアイリス・シルバーミスト。手に入れたいと思っても、そう簡単に手に入らないこと。なぜならパリのルタンス本店にしかないから。ルタンスの釣り鐘ボトル75ml。個人輸入で購入可能。面倒だけど。
つまり、アイリスシルバーミストこそ「面倒づくし」「面倒三昧」の香水だからだ。
香料を採取できるまで6年以上かかって大変!しかも収量は原料100sからわずか2gしか取れない!なのにそんな高価な香料をかき集めて試作したのにルタンスは「だめだ!まだだ!もっとだ!」と言って調香師に面倒な注文をつけ続け、最後は調香師も半分「あーもうあいつ面倒くせー!」とヤケ気味になってあれもこれもとぶちこんだらOKが出る始末。しかも日本で売ってないだと?「ケッ!また買えない香水の紹介かよ!ヴォケ」という生ぬるい叫びが聞こえてきそう。はいそのとおり。でも全く買えないわけじゃない。現に自分もずっと探して探してタイミングよく30mlボトル2本入りセットをネットで購入できた経験あり。そりゃ確かにこの香水は面倒くさいよ、香りも購入も。
でも面倒くさいからこそ それを乗り越えたときの気分て 格別なんじゃないか?
アイリスシルバーミストを肌にのせる。その瞬間、まず立ち上るのはうす紫のスミレ色の煙と白い粉。土くさくて根菜っぽい匂い。けれど乾いていて小麦粉を盛大に取っ散らかしたような感じも強い。とっつきにくいコナコナ地獄。ところが
2分後にはキリキリホットスパイシーな辛みがブワー広がってくる。これはクローブだ!とすぐわかる香り。クローブを感じる度に自分が思い出すのは、若い頃に吸っていたインドネシアのクローブ入りタバコ「ガラム」。このクローブのスパイシー甘シビレな香りが、もったり小麦粉ライクなアイリス香をグッとひきしめて展開するようになるとミドル。だんだんスパイシーは強くなり、分単位で白いアイリス香とせめぎ合うようになる。
つけて20分。クローブのスパイシーがうすれてくると、極上のパウダリーがなめらかに降り注いでくる。キラキラと明滅する銀のパウダリー。ほんのり甘味とキレのある酸味があってメタリックなアイリスに感じられる。幾重にも重なったアイリスのハーモニーが天上の音楽のように降り注いでくる。この瞬間、心にくぐもっていたスパイシーな怒りやわだかまりが、スッと空へ吸い込まれていく。
めんどくせーな めんどくせーよ あーでも この香りスッとする なんかスッキリする
気付くと、柔らかな白い香りに包まれている。そのほの甘パウダリーがふわふわ空へと舞い上がっていく。ほんのわずかアニマリックも。きっと天使の羽根に匂いがあるなら、こんな白いパウダリーだろうなと思う。
この極上の白い香りは、真っ暗な地中から生まれた。土の匂いと草の根の青臭さとをはらんで、6年以上もの歳月を費やし、ふわりと宙を舞う白い羽になった。ギリシャ神話で、ゼウスに愛されたアイリスは、天と地の間に虹の橋をかけた神の使い。そして彼女に振りかけられた神の酒は地上に落ち、アイリスの花を咲かせたという。
天空から白いミストが降り注ぐ。どこからか天使たちのざわめきが聞こえる。やがてこの霧の彼方に、天地を結ぶ虹の橋がかかるだろう。アイリス・シルバーミストの空の向こうに。
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プラダ ビューティプラダ ビューティからのお知らせがあります
容量・税込価格:30ml・6,600円 / 50ml・9,680円 / 80ml・14,080円発売日:2013/5/10
2022/10/22 07:00:26
真夜中に目覚めた。時計を見た。3:40。女は頭をかいて舌打ちした。あーもう、またやっちまった。完全な寝落ち。シャワーしてない。歯磨きしてない。なんなら洗い物も洗濯もしてない。しなきゃいけない「マスト」、全部しないで寝てしまった。
もう一度寝返りを打つ。明日は休み。どうしよう?夜のしじまの中で頭が動き出す。
このまま眠れるか。起きて何かするか。したいことは?特にない。しなきゃいけないことは?鬼のようにある。はーイヤだ。したくない。「全自動めんどうくさいこと全部お任せ機」がほしい。てゆーか、おなかすいた。ヤバい。甘い物食べたい。ここんとこダイエットきつめで、脳がブドウ糖を欲しがってるのがわかる。ええい!ブランケットをはねのけた。
ボサボサ頭。貞子状態で冷蔵庫をあける。ビールとチーズある。んーちがう。こってり甘いものが食べたい。ケーキとかアイスとか死ぬほど食いたい。あったかいキャラメルラテとかゴクゴク飲みたい。ヤバ。アタマが変になりそう。
そのとき、突然ひらめいた。
あ こういうとき 「あまい香りの香水」 嗅ぐといいって 聞いた気がする
そういえば… めったにつけない あまーいやつ あったな…
ドレッサーの引き出しの一番奥にそれはあった。プラダのキャンディ・ロー・オードトワレ。昔、もらったやつ。これ確か「キャラメル」の風味ムンムンしてたような。これ嗅いだら食欲おさまるかな?
女はキャンディローを左手首にプッシュした。瞬間、ちょっと苦手な匂いがした。
あ、そうだ。このトップで「あーちがうわ」って思ったんだ。思い出した。
まだ暗い窓の外。カーテンを少し開けて外を眺めながら、手首の匂いをそっと確かめる。
トップはシトラスと少しひんやりしたフローラルのミックス。でも3秒もせずにキャラメルシロップがとろーりとかぶさってくる。どこかベリー系な感じもする。ジミー・チューもこんな感じで敬遠したな―と思う。いつもつけてる香水はたいていゲランかシャネルのEDPだから、ほんと違う系統だなーと思う。あくびしながらスマホで調べてみる。
え?ダニエラ・アンドリエ調香じゃん。アンジェリーク・ノワールの人だ!
3分ほどすると、キャラメルの甘い香りが強くなる。あー甘い。でもこれ、おなかすいてるときはいい!なんかキャラメルラテ飲まなくても乗り切れそう。そうか。甘い香水にはこんな使い方もあるか。ミドルはスイートピー?うーんなんかフローラルあるけど判別できない。とにかくキャラメル。でももったりしてない。スッキリ抜けていくフローラル&キャラメルだ。え、なにげにいいかも。なんで使わなかったんだ?
そして思い出した。このキャンディ・ローをプレゼントしてくれた人。
今の会社に移る前。めちゃモテてた頃だ。あの頃、スカートを短くして髪をふんわりさせてるだけで言い寄ってくる男たちがたくさんいた。金持ちも見た目いいのもいたけど、たいていは下心丸出しで袖にしてた。でも、あの人は違ったな。出身大学も顔も身なりもフツー。なんにも特徴ない人。ただいつも静かに笑ってた。てかその顔すら思い出せない(汗)。でもこの香水もらったのは覚えてる。
1回ごはんを食べに行った。イタリアンの店だった。ん?それでプラダ?あーそう言えばイタリアに行ったこと話したかな。プラダのバッグ買ったとか言ったかも。なにげに好みをリサーチしてくれてたのかな?
キャンディ・ローのミドルに柔らかなヴァニラが出てきて、ミルクキャラメルの香りに変わった。
でもあの頃は、あんな人、鼻にもかけなかった。20代後半、一番焦ってた時期。早く条件のいい相手見つけて結婚しないと!って。ダサいのわかるけど心の奥では思ってた。王子様どこよ?早く現れてよ!って。
コポコポと音がする。さっきスイッチを入れたポットのお湯が沸く。
結婚しなくちゃ!早く子ども作らなきゃ!あの頃、何でもかんでも「マスト」って思ってた。
いつの間にか、空はしらみ始めていた。コーヒーを淹れる。香ばしい湯気の匂いをかぐ。はー落ち着く。手首につけたキャンディ・ローがキャラメル風味を添えて、キャラメルラテみたいになった。
夜明けのコーヒー。一人で。うん。悪くない。
不思議だね。あの頃苦手だった香りが、今はこんなにいいと思う。もし今あの人が隣にいたら、こんな何げない時間も、一緒に笑っていてくれたのかな。
一人の部屋。広すきる部屋。ふりかえって少し笑う。あの頃大事だったのは、マストより「ニード」だったかもね。
ちょっと涙が出そうになった。きっとまだ私 眠いんだ。やっぱもう一回寝ようっと。
昨夜の「マスト」を片付ける気は まだない。
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税込価格:-発売日:-
2022/11/5 11:06:45
枯れてゆくものは美しい。いつからかそう思うようになった。
なぜだろう?自分が加齢を重ねて枯れてきたからか?たぶん違う。子どもの頃から秋冬の風景が好きだった。紅葉した木々の葉よりも、歩道の隅でしどけなく風雨にさらされた落葉に心がとらわれた。近代的なリゾートホテルよりも、ひなびた木造の温泉宿に心ひかれる。それは性癖なのか、それとも?
アトリエコロンのベチバーファタルを久々につけて散策していたら、そんなことを思った。そういえば、アトリエコロンも日本では「枯れて」しまったブランドだ。「シトラスがいつまでも長く香るコロン」というクチコミが広まり、オレンジサングインなどがヒットしたが、現在日本では終売。入手するにはネットや海外で直接、となっている香水ブランド。
カサ、カサ。風が吹くたびに足下で音がする。いつしか公園の遊歩道にも、色とりどりの落ち葉が増えた。枯れた葉の音も、なぜか耳には心地いい。
ベチバーファタルも、乾いていい感じに枯れた、草や木の香りがする。
ベチバーファタルをスプレーする。はじめに感じられるのはアルコールが抜けていくツンとした香りだ。アトリエコロンの香水は「コロンのようにフレッシュでライトな香りがいつまでも続くように」という難しい技術に挑戦した作品群。そのため、香り立ちはやさしいものの、賦効率はオードパルファン並の15〜20%なはず。そのわりにトップはアルコールが飛ぶ匂い。ここはちょっと安い感じがしてしまう。
だが10秒ほどすると、複雑で深みのあるウッディミックスが一気に広がってくる。このけたたましさは何だ?と思うくらいに。これが実際のトップノート。
まず丹念にローストしたコーヒーのような香りがする。焦げた木の香り。そこに軽やかでドライな干し草の香りが混じっている。ベチバーだろう。そして透明感のあるフレッシュなシトラスも高いところで鳴っている。酸味がなくジューシーなのでオレンジ系だ。中でも強いのは焙煎した木の香り。色に例えるならダークブラウン。黒に近い雰囲気。このスモーキーなウッディがトップから強く感じられる。
5分ほどすると、このロースティーな木の香りはいったんやわらいでくる。そして、土っぽさと干し草の感じがいりまじったベチバーが豊かに香りはじめる。ここがミドル。トップから木、ミドルでも木。ほぼ木。ベチバーファタルは木の香に徹底した穏やかな香水だ。
老木。あるいは枯れた木を燃やしたときの香り。その燻煙。スモーキーな中にも不思議な透明感が感じられる香り。ベチバーファタルはそんなオーセンティックな木のコロンだ。
前半の香りは、かなりダークでスモーキー。だから結構マニッシュで、女性にはやや使いづらいかなと思う印象だ。それでもベチバーファタルは、つけて30分くらいからがすごくいい。どこかバタートースト風のコクのある温かい風味がいりまじってくる。こうなると、秋冬のアーシーな色遣いの洋服にも似合う香りに感じられる。オフホワイトのニット、ブラウンやベージュ系の服などに合うような、ほんのりグルマンぽいウッディに変わってくる。
持続時間は4時間ほど。トップ以降はスモーキーさは薄れて、木の香りはどんどん軽やかになる。代わりに香ばしさと清潔感のあるソーピーが増してドライダウン。
カサ、カサカサ。落ち葉の囁きが聞こえる。落ち葉はやがて腐食し、土となる。その土に種子が落ち、また植物が育つ。芽を出し茎を伸ばし、葉を付け、花を咲かせ、実を落とす。そして大きな「輪廻」の運命の中で永遠に回り続ける。
そう考えると
枯れゆくものは内側に新しい生の種子をはらんでいるのだ。朽ちかけた木々、濡れてちぎれた落葉、それらは土に還り、新しい生を育む栄養となる。そして命はつながり、続いてゆく。
そうか。だから
枯れてゆくものは美しいと思う。そこに歴史が積もっているからだ。汚れているのではない。残骸でもない。この世に生を受け、命を全うしたから、多くのことが刻まれているのだ。それは生の履歴書。よく生きた証を堂々とさらけ出しているからだ。
そして人も同じ。
しわもシミも増える。髪の毛も減って、ぜい肉もつく。体もあちこち壊れてゆく。でもそれはとても自然な成り行きで、木の葉が色づいて落ちてゆくことと何も変わらない。ならば美しく枯れたい。過酷な人生を今日まで生き抜いて、傷だらけになった自分を認め、愛してやりたい。年を経るほどに、枯れてゆくほどに、自分の傷が好きだと言える自分でありたい。そして、美しく笑って他者に寛容な者でありたい。
運命のベチバー、ベチバーファタルをつけてそんなことを考えた。
さあ、コーヒーブレイクにしよう。落ち葉が笑っている公園の片隅で。
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